日米同盟の絆深め続ける「トモダチ作戦」 

2021.03.15

東日本大震災から10年を迎えた2021年3月11日、日米両首脳は、「震災からの復旧・復興における日米同盟の強い絆が両国の友情の証として、心に深く刻まれる。両国は、同盟としてさらに友情を深め、明るい未来のために、手を携えて前進する」と訴えた。震災当時に在日米国大使として日本支援に尽力したジョン・ルース氏は、「日米同盟の重要性を認識させられ、震災支援を通じ、東北の人々の不屈の精神に心を打たれ、また、日米関係の強化に貢献できたことを誇りに思った」と語った。
ルース氏は、当時の状況を「日本への支援は両国の未来に大きな恩恵をもたらすとの信念に基づいて行動した」と語っている。地震発生直後、オバマ大統領からは、「予算も装備も制約なく、日本に必要なことは何でもやれ」と明確な指示を受けていた。そして当日夜までに、日本政府の救援活動として「トモダチ作戦」の調整を開始した。
防衛省によると、米軍は空母ロナルド・レーガンや強襲揚陸艦エセックスなど、艦艇約15隻、航空機140機、人員約1万6千人が作戦に参加し、避難所への支援物資輸送、仙台空港での瓦礫除去、原子力災害派遣活動の際の、無人機による現場偵察情報の提供、原子炉冷却用の真水バージや高圧消火用ポンプの貸与など、惜しみない支援を実施した。作戦開始当初、第7艦隊司令官スコット・バンバスカーク中将が指揮を執ったが、後に、太平洋艦隊司令官スコット・ウォルシュ大将が、司令部機能の一部を伴い、ハワイから横田に移動して指揮を執った。
福島第一原発の事故について情報が錯綜する中、日本政府が半径20キロメートルを避難対象エリアに指定したのに対し、米国は半径80キロメートルとし、圏内の米国人に避難を促した。一方、在京大使館の一時閉鎖や移転を始める国が出る中、米国大使館は東京から動かなかった。米国大使館は、「この危機下で日本にとどまり、日本に必要な支援を差し出す決意を米国内のみならず全世界に知らしめた」と振り返っている。
バイデン大統領は、副大統領として2011年8月、被災地福島を視察、激励した最初の米国政府高官だった。バイデン政権のブリンケン国務長官は、2021年3月、「地震と津波の大きな悲劇の直後にトモダチ作戦を開始し、日米同盟の絆により、日本を支援できたことを誇りに思う」という声明を発表した。ブリンケン国務長官は、2021年3月15日から17日の間、オースティン国防長官とともにバイデン政権初の日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)開催のため来日する。最初の訪問先に日本を選んだのはバイデン政権が日米同盟をいかに重視しているかの表れであろう。

米国大使館の主催、日本政府の支援による「トモダチ・イニシアチブ」(教育、文化交流、リーダーシップといったプログラムを通じた、日米の次世代のリーダーの育成の場)は東日本大震災後の日本の復興支援から生まれたものであるが、この10年間で1万人近くの若者が参加した。震災での繋がりの必要性を痛感し、若者に両国の絆の強化の重要性を体得させ続けている。


サンタフェ総研上席研究員 將司 覚 防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。
写真:AP/アフロ


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