常識の罠-ロシア原子力核魚雷の恐怖

軍事関係者の間で、他国の意図を推定する場合に最も気を付けなければならないのは「ミラー効果」であると言われる。「ミラー効果」とは心理学や機械工学でも使用されているが、軍事関係者、特に情報関係者の間では、相手が自分と同じように考え、同じように行動すると思い込む、又は自然とそう考えてしまうことを「ミラー効果」と呼ぶ。人種や宗教、さらには文化が異なる国同士が全く同じような価値観を持つことはあり得ない。しかしながら、いざ相手の行動を推定する際には、自分の常識をあてはめがちである。

端的な例が核兵器である。広島、長崎と唯一の被爆国である日本の核に対する忌避感は強い。さらには2011年の福島原発事故から、核兵器だけではなく原子力そのものに対する否定的感情もある。日本人の多くは核兵器を使用できない兵器と思い込んでいる。確かに、核兵器の破壊力、長期間にわたる放射能の影響を考えると、使うべきではない非人道的兵器であることは事実である。しかしながら、これを「使用できない兵器」と考えるのは誤りである。2015年3月にロシアの国営放送のインタビューに答えたプーチン大統領は、ウクライナ紛争時にロシアの核戦力を準備態勢に移行させる可能性があったと答えている。

2018年2月に公表された米国の核戦略の見直しでは、核兵器の抑止能力を強調しつつも、柔軟かつ安全な核能力を確保するため、非戦略核能力、低威力核兵器を整備する方針を明らかにしている。そもそも「核抑止理論」は信頼性のある核兵器を保有し、それを使う意思がある事で成立する。核兵器は保有しているが、使用はしないと言った途端に抑止は崩壊する。「核の傘」に期待している国々にとっても裏切りと捉えられる。米国の低威力核兵器は、エスカレーションの危険が高く、核戦争の敷居を低くするとの批判がある。しかしながら、柔軟な核能力の確保を目指しているのは米国だけではない。

2月21日付の米海軍協会(USNI)ニュースは、ロシアの新しい原子力潜水艦「ベルゴロド」を商用衛星が捉えたと報道している。同潜水艦は世界最大のロシアのタイフーン級原子力潜水艦とほぼ同じ全長を持つ大型潜水艦である。最も注目されるのは、同潜水艦が原子力核魚雷ポセイドンの搭載を前提とした潜水艦であることである。今回商用衛星が捉えた写真では、潜水艦の前部に直径約2メートルの魚雷発射管と思われる開口部2か所が確認できる。通常の魚雷直径(約0.6メートル)の3倍以上という巨大な魚雷である。ベルゴロドは6発のポセイドンを装備すると伝えられている。

原子力核魚雷ポセイドンは、原子力による推進でほぼ無限の航続距離を持ち、60ノット(約110キロ)の速力で自律航行する。最大深度は約1,000メートルと推定されており、これは米国のMK-50魚雷の運用深度を超えている。まさに無敵の存在である。核弾頭の大きさについては諸説あるが、ロシアのタス通信は「最大約2メガトン」と伝えている。この威力は広島型原爆(15キロトン)の約130倍である。ポセイドンは大規模な津波を起こすという説もあるが、東日本大震災のエネルギー量は広島型原爆の31,000倍と推定されていることから、2メガトンでは大規模な津波を発生させるには不十分であろう。念頭にあるのは、米国の重要港湾周辺で核爆発を発生させ、その直接的破壊力で港湾施設及び係留艦艇を破壊するとともに、核爆発に伴い発生する放射能を含む海水を広範に分布させることによる経済的損失を目的とした使用と見られる。

カムチャッカ半島のペトロパブロフスクはロシア海軍戦略原潜の母港である。同港にポセイドンを搭載する原子力潜水艦が配備される可能性が極めて高い。同魚雷の主目標は米国と推定されるが、日本に対して使用される可能性もゼロではない。もし東京湾でポセイドンが爆発したならば、海上自衛隊の主要基地のみならず米国が唯一前方展開している空母の母港である横須賀が壊滅的な被害を受ける。さらには、放射能の影響により、首都機能は壊滅し、その復興まで多大な時間を要するであろう。

東日本大震災から10年を経過するにもかかわらず、終息が見通せない福島第一原発の状況や、未だに存在する帰宅困難区域から、日本全体で放射能への恐怖感が広がっている。原発再稼働に対する否定的感情も大きい。しかしながら世界では、核兵器を依然として重要な兵器として開発している国があり、それを使用することを前提として軍事戦略を構築している国もある。人は見たくないものについては、存在しないと考える傾向にある。しかしながら、日本が米国の核の傘に入っていることは厳然たる事実である。

ポセイドンは自律航行機能、障害回避機能、小型原子炉の信頼性等まだまだ解決しなければならない課題が多いと推測される。しかしながら、少なくとも原子力核魚雷の存在自体を疑問視することは危険である。1990年代に中国が開発していると伝えられた「対艦弾道ミサイル」は、広大な洋上で艦艇の位置を確定するのが困難であることから、軍事専門家の間では荒唐無稽と評価されていた。しかしながら、現在中国の対艦弾道ミサイルの存在とその脅威を否定する人間はいない。自らの常識の罠にはまると大きく判断を誤りかねないという自覚が必要であろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。


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