EU離脱がもたらした英国のワクチン早期承認

2020.12.21

12月2日、英国保健省(Department of Health and Social Care: DHSC)は、医薬品・医療製品規制庁(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency: MHRA)の提言を受け、米国の製薬大手ファイザーとドイツのビオンテックが共同開発した新型コロナウイルスワクチンの緊急使用を承認したと発表した。BBCの報道によれば、8日には最初に準備されたワクチンを使用し、英国各地で80歳以上の高齢者や高齢者施設の介護職員、医療従事者を優先して接種が開始されたという。英政府が最初に確保したワクチンは80万回分だが、マット・ハンコック(Matt Hancock)保健相は、これが到着して優先対象がワクチン接種を完了するには数週間が必要だとの認識を示した。12月末までには400万回分を超えるワクチンが提供される予定である。

このワクチンは、保存に際してマイナス70度の低温管理が必要とされ、接種は整った設備を有する50の病院で行われたという。完全免疫を得るまでに2回の投与を必要とし、最初の投与から12日目に免疫機能が発揮され始めるとされている。21日目に2回目の投与がなされた後、28日目に免疫が完全に機能するようになるという。英国では、このワクチンを、すでに入手したものも含めて2,000万人分となる4,000万回分発注しているが、全てが供給されるのは来年になると予想されている。

西側諸国の中では最初のワクチン接種国となった英国だが、それを可能にした要因の1つが欧州連合(European Union: EU)からの離脱だった。EUでは、欧州医薬品庁(European Medicines Agency: EMA)がワクチンの品質や安全性、有効性を評価し、科学的見地からの意見を欧州委員会(European Commission: EC)に提出して、ECによる承認プロセスをサポートする。EUを離脱した英国ではあるが、2021年1月1日まではEUのルールに従う必要があるため、ワクチンの承認もEMAの決定に従うことになっていた。しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大し続けていた英国は、EUの規定を免除する非常権限を発動して独自に評価を行った。

EUにおける通常のワクチン承認プロセスは、「医薬品の品質検査」、「非臨床試験」、「臨床試験」、「評価と承認」、「製造」の5つのステージに区分され、段階的に進めることになっている。このプロセスでは、完全なデータの提供を受けてから承認までに少なくとも7か月かかるとされているが、今回の新型コロナウイルスワクチンに関しては、可能な限り各ステージを並行して進めるとともに、人的資源等を集中することによって3か月弱程度で承認できる予定になっている。EMAは、期間こそ短縮するものの、各ステージを通常通り実施することでワクチンの安全性や有効性を他のワクチンと同様に確認できると説明している。

EUに加盟していた当時はEMAと緊密に連携していたMHRAも、必要なステージこそ同様に踏んでいることを明らかにしているが、唯一異なるのが「ローリング・レビュー(rolling review)」と呼ばれる逐次審査の手法だ。規制当局の審査は、製薬会社から提供される製品に関する研究データを基に実施されるが、通常は製薬会社で研究が終了した段階でまとめられた完全なデータが提供される。しかし、英国は新型コロナウイルスワクチンに関する研究が継続している最中に、その途中段階でデータの提供を受けて審査を開始した。MHRAのジューン・レイン(June Rain)CEOが、ローリング・レビューこそワクチンの早期承認を可能にした鍵だと明言している。

英国の早期承認を可能にしたもう1つの要因は、製薬会社が提供した報告書の取り扱いの違いだった。米国のファイザーが緊急使用承認を米食品医薬品局(Food and Drug Administration)に申請したのは11月20日だったが、FDAが独立専門家パネルを開催したのは12月10日だった。FDAの説明によれば、技術情報に関連する数千ページの報告書を専門家が審査する必要があり、その他にも製造プロセスの評価、統計分析のチェック、副反応のリスクが高い集団におけるワクチンの有効性の確認などが必須だという。このため、FDAは製薬会社に生データの提供を求め、その再評価を行っている。これに対して、MHRAは製薬会社の報告書に強く依拠した審査を行ったとされる。

世界で新型コロナウイルスの感染拡大が継続している中、ワクチンの開発が最も急がれる対策の1つであることは間違いない。EMAは、より多くの証拠に基づき、時間をかけて審査することが最も効果的で標準的な手続きだとして、英国の早すぎる承認にリスクが存在することを指摘している。EMAも最低1つのワクチンを年末までに承認したいという意向を表明しており、ファイザー製のワクチンの安全性と有効性を12月29日までに判定することにしている。この緊急事態に際して、どちらの政策が適切なのかは今後証明されよう。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。


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