実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2020.10.30 安全保障

国防戦略を見直すオーストラリア、戦略、能力、資源の整合性

米内 修

オーストラリアは日本にとって特別な国の1つである。ともに米国との同盟関係を持つだけでなく、2007年3月に米国以外とは初となる「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を発表し、これまで2012年の「日豪情報保護協定」、2014年の「日豪防衛装備品・技術移転協定」、2017年の「日豪物品役務相互提供協定(日豪ACSA)」といった協力基盤を整備してきた。

そのオーストラリアでは、2013年9月の労働党から自由党への政権交代もあり、2007年12月以降に発足した政権はいずれも任期を全うしない短期政権となり、首相の交代は5回にのぼる。この間、オーストラリアの国防に関する政府の将来計画やその実現策を示す国防白書は3回発表されたが、2016年2月に発表された国防白書(以下、2016DWP)では、オーストラリア国防軍(ADF)の長期的な整備計画が明示された。2016DWPでは、2035年までの20年間にわたるオーストラリアの安全保障環境を見据えて、ADFや国防省の能力水準を維持・向上するための戦略を明らかにし、それを具体化するために10年間という長期間にわたる国防予算モデルが、民間の専門家によるコストの外部検証を伴うプログラムとして初めて導入された。

オーストラリアの国防費は、主要な使用目的に応じて大きく4つに区分されている。その内容は、ADFの主要な装備の調達や基地の整備に充当される「新戦力獲得経費」、ADFの迅速な行動を支えるための燃料や整備に充当される「戦力維持経費」、国防力の基盤となる人的戦力の維持に充当される「人件費」、貨物輸送や人員輸送、請負業者への支払いなどに充当される「活動経費」となっている。これらのほかには海外での作戦経費があるものの、国防費総額の1%にも満たない少額である。

2016DWPでは、「新戦力獲得経費」が2016-17年度の94億豪ドル(67億米ドル)から、2025-26年度には230億豪ドル(163億米ドル)へと2.4倍に増額され、「戦力維持経費」は81億豪ドル(58億米ドル)から164億豪ドル(116億米ドル)へとほぼ倍増した。同じ期間の「人件費」は120億豪ドル(85億米ドル)から153億豪ドル(109億米ドル)へと1.3倍に、「活動経費」は28億豪ドル(20億米ドル)から40億豪ドル(28億米ドル)へと1.4倍にとどまっており、この期間の国防費総額の伸びが1.8倍であることを考慮すれば、新たな戦力の獲得と維持によるADFの近代化が最も優先されたのは明らかだ。

こうしたADFの戦力強化重視の背景の1つには、これまで国防費が計画的に使用されてこなかったことによる悪影響もあるようだ。2016DWPによれば、2009-10年度から2013-14年度にかけて政府に戻された国防費は188億豪ドル(133億米ドル)に上るという。このことによって装備品の老朽化が進み、情報技術などを含む重要な支援機能や、基地、港湾施設、滑走路などの防衛関連施設への予算の充当が不十分になったとされている。そのうえ、国防能力の基盤をなす防衛産業では、確実な契約が見込めないことからインフラや技術開発への投資が控えられ、国防能力の発展や長期計画の実行が阻害された。

2016DWPでは、こうした弊害の原因として国防戦略、国防能力、資源の間での整合性が欠如し、それが将来の安全保障にとって重要な資源投入の遅れやオーストラリアの防衛産業が抱えるフラストレーションの増大につながったことが指摘された。国防に必要とされる能力は、その国家が置かれた戦略環境とその中で追求する国益に基づいた目標から明らかにされる。国家が保有する資源は、国防に必要な能力の獲得と維持に可能性を付与するものであり、明確な裏付けに基づく長期的な配分計画が必要とされる。そして、これらのバランスを調整して実行可能な国防政策を具体化していくために策定されるのが国防戦略である。これら3者が密接に整合する必要性は自明なようにも見えて、実はその実行が難しいということを、2016DWPは示している。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。

米内 修

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2021年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。