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2020.07.20 安全保障

外為取引高に続き、日本とアジアへの資金流入動向を分析した日銀の意図

中村 孝也

7月8日、日本銀行が公表した日銀レビュー「近年の資本フローを巡る議論—日本とアジアへの資金流入動向と今後の課題—」では、近年の資本フローを巡る議論を紹介し、日本を含むアジアへの資金流入動向について整理している。7月2日公表の日銀レビューでもシンガポール、香港との比較がなされていたが(「外為取引高で日本がシンガポール、香港に劣後する背景を分析した日銀」)、今回も同様の比較が展開されている。このタイミングで「アジアの金融センターに向けた課題」が再検討されているようであり、興味深い。

直接投資については、近年タックスヘイブンにおける特別目的会社(SPE:Special Purpose Entity)を介した事業実態のない仮想の取引(所謂、“phantom FDI”)が拡大している。直接投資は通常、経営参加を目的とした中長期的な投資という性質を有するものであるため、これまで相対的に景気循環に影響されにくく、安定的なフローであると認識されてきた。しかし、近年はタックスヘイブンを介した節税目的の取引のウエイトが高まっており、こうした取引は伝統的な直接投資に比べ変動が大きい点が指摘されている。

IMF(国際通貨基金)の試算によれば、こうした取引はグローバルな対内直接投資残高のうち4割近くを占めている。香港・シンガポールともphantom FDIの占める割合は残高ベースで約7割に達しており、多くが事業実態を伴っていない。日本・シンガポール・香港の比較を行う場合、phantom FDIを考慮する必要性があるが、phantom FDIを除いたベースでみても、日本の対内直接投資残高(対名目 GDP 比)は、他の主要国と比べ低水準となっている。

一方、証券投資については、近年グローバルな低金利環境が続く中、相対的に利回りが高い新興国向けを中心に海外投資家による投資拡大が続いてきた。こうした結果、グローバルな要因によって、資本フローがより左右されやすくなっている可能性が指摘されている。

中長期的には、日本は対内直接投資の呼び込みと波及効果の実現が経済成長にとって引き続き課題となっている一方、アジア新興国では金融資本市場の育成とともに、対内証券投資の過度な変動による影響の抑制が重要と結論づけている。日本については、資本フロー全体でみた場合、グローバルな投資家の運用先として証券投資の流入規模は比較的大きいものの、対内直接投資の規模は著しく小さい。直接投資の呼び込みが経済成長にとって引き続き課題となっており、具体的には実効税率の引き下げのみならず、行政手続きの簡素化、外国人受入れのための環境整備等が重要と指摘している。

phantom FDIを加えようが、除外しようが、日本の対内直接投資が極度に低水準であるのは変わらない。ただ、「多くが事業実態を伴っていない」とphantom FDIを捨象してしまうのは、やや極端な議論という印象も受ける。むしろこれからの日本にとっては、そういうphantomな部分を含めた資本流入を指向することも、必要な戦略になるかもしれない。



(株式会社フィスコ 中村孝也)

中村 孝也

株式会社フィスコ 代表取締役社長
日興證券(現SMBC日興証券)より2000年にフィスコへ。現在、フィスコの情報配信サービス事業の担当取締役として、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議を主導する立場にあり、アメリカ、中国、韓国、デジタル経済、暗号資産(仮想通貨)などの調査、情報発信を行った。フィスコ仮想通貨取引所の親会社であるフィスコデジタルアセットグループの取締役でもある。なお、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議から出た著書は「中国経済崩壊のシナリオ」「【ザ・キャズム】今、ビットコインを買う理由」など。

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