デジタル時代の国家の役割:自由と制限の相克(須賀千鶴、一般社団法人世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター初代センター長との対談)(2)

2021.10.14

デジタル時代の国家の役割:自由と制限の相克(須賀千鶴、一般社団法人世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター初代センター長との対談)(2)

ゲスト

須賀千鶴(前・世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長)

2003年に経済産業省に入省。2016年より「経産省次官・若手プロジェクト」に参画し、150万DLを記録した「不安な個人、立ちすくむ国家」を発表。2017年より商務・サービスグループ政策企画委員として、提言にあわせて新設された部局にて教育改革等に携わる。2018年7月より、デジタル時代のイノベーションと法、社会のあり方を検討し、グローバルなルールメイキングに貢献するため、世界経済フォーラム、経済産業省、アジア・パシフィック・イニシアティブによるJV組織の初代センター長に就任。国際機関のネットワークを活用しながら、データガバナンス、ヘルスケア、スマートシティ、モビリティ、アジャイルガバナンスなど多様な国際プロジェクトを率いる。2021年7月より経済産業省 商務情報政策局 情報経済課長。

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

白井:データの取り扱いに関する3つのモデルについてですが、世界の情勢を見ますと、ヨーロッパ、アメリカそして中国という三極のうち、ヨーロッパとアメリカが近づき、中国と対立しているように見えます。データ・ガバナンスの観点から、現時点ではどのようなバランスとなっているとみておられるでしょうか。

須賀:実は、そこは決して単純な状況ではないと思います。たとえば、最近デジタル界隈の大きなニュースとして、バイデン米国政権がプラットフォーマーに対しデジタル課税をやるべきだという方向にシフトしたことがあげられます。最低税率を決めるだけではなく、デジタル時代の超過収益に対して、それは消費地にしっかり分配していくということを発表しました。この議論は、その他の要素はあるものの、アメリカ対その他の国という構図になります。

一見敵で相容れないというふうに見える国が,ある局面においては似たような価値観を持っているというようなことは往々にしてあります。今回のコロナ禍が非常に興味のあるテストケースになっています。政府が国民に必要なサービスを提供していくというときに、デジタル技術を駆使し、あるいは政府が個人情報に縦横無尽にアクセスし、あなたはこういう状態だからこういうことが必要でしょうという具合にプッシュ型サービスができた国と、紙で申請して手続きが開始されるという国では違いが出ます。ワクチンを接種した証明書を紙で出しますという国と、それは当然デジタルでポータルに持たせるといった制度設計ができた国では、国民に対するサービスの面で大きな違いが出てしまいました。

同じ事象に対してそれぞれの国がどこまでレスポンスできるかということが、評価可能な形で見えてしまったときに、いままで人権を侵害していると評価されていた国が、本当に命の危険という別の人権問題に直面した場合、実はその面では優れていたという逆の評価となりました。いままでの人権を大事にする国とそうではない国というのは、比較的分かりやすく、評価しやすかったのですが、人権を尊重することが最優先ではないという別の評価基準が示され、これが大いに先進国を戸惑わせていると思います。

同じ人権の中で、どちらを優先するのかというバランスを取ることが難しい問題が提起されています。たとえば、最近日本で頻発している大雨による土石流で、多くの家屋に被害が生じています。被害を受けた家屋の中には、単に住民票を置いているだけで実際には居住していないという事もあり得ます。別荘地が被害にあった場合などは住民票だけで被災者を特定することは困難でしょう。行方不明者の捜索を実施する場合、本来であれば直接電話して確認できれば一番早いわけですし、もっと言えば、携帯のGPS情報から被災者の位置が分かれば、人命救助に役立つ可能性もあります。従って、個人情報の取り扱い一つをとっても、画一的な取り扱いすることはできない、単純な問題ではないということにようやく世界が直面し、その中で守らなければならない価値は何なのかということをもう一度議論する段階にあるのかなと思います。

白井:私は香港在住なのですが、須賀さんが言われていることがよく分かります。香港はあらゆる行政プログラムが極めて効率的です。コロナ禍においても、空港での検疫から入国者のホテル隔離、一時支援金の受け取り、ワクチン接種の手続きなど、可能な限りデジタル化が図られており、また陽性者の隔離や治療も徹底した合理性のもと運営されています。これは私権制限というマイナス面を差し引いても香港住民に便益をもたらしています。

イスラエルも、コロナワクチン接種データを提供するということでファイザー社から優先的にワクチンの提供を受けています。個人のデータをどの程度公共のために使用するかという事は、我々の目から見ても判断が難しいところですので、須賀さんのお立場ですと、更に悩みは深いのではないかと推察します。

データの取り扱いに関し、中国とロシアはある程度足並みがそろっていると言えますが、中露と分断が目立ちつつある西欧諸国の間では、多様な考え方がありデータの取り扱いについても差があります。この多様さや悩みながら進んでいくというのは民主主義国家のいいところでもあるのですが、中央集権国家の意思決定の速さには太刀打ちできません。このあたりについて須賀さんはどのようにみておられるでしょうか。

須賀:デジタル時代では、データの取扱量が多ければ多いほどインテリジェンス上優位に立ちます。従って、データを提供するプラットフォーマーの企業が国に対しものを申すようなことが起きます。先ほど白井さんが言われた香港もそうですし、最近ではオーストラリアでもフェイスブックが現地新聞からの情報発信に制限が加えられるのであれば撤退しますというような働きかけをしています。このような事例は、やはりそれだけグローバルなプラットフォーマーに力が集まっているということだと思います。中国は、国家自体がプラットフォーマー的な役割を引き受けている面があります。従って、デジタル経済にどのように向き合い、何がチョークポイントであり、どういった振る舞いをすることが最適解なのかということについてのインテリジェンスは、中国は他の国に比べて優位にあるということができます。

そうしますと、そのような国家が賢い意思決定ができるのかということが常に問われるのですが、そのとき、一見、先進国のロジックではありえない決定が、実は長期的に見て正しいと言う可能性もあります。これは “非常識な人たちと常識的な私たち” ということを、胸を張って言えないというジレンマを生んでいます。中国から見れば、西側諸国の意思決定の質が悪いというふうに見えている可能性もあります。

そういった中で、これから国家の知恵比べというか、この新しい時代に、国家がどのような役割を果たすことが国民にとって一番いいのかということを試行錯誤しているのが現在の段階ではないかとみています。国家ができることの最たるものはルール作りです。何がやっていいことで、何がやってはいけないことなのか、どこを国際的な標準として定めるべきなのか、ガラパゴス化して自分のところだけということではなく、なるべく皆で作って、共有材としてのルール、しかもより高いレベルでのルール作りにリソースを割くことは合理的ではないかと思います。

白井:そうしますと、西側諸国での時間をかけて議論して物事を決めていく過程を、中国はデータをかき集めて、最適解を求めて、素早く意思決定するというようなイメージでしょうか。中国から見ると、西側諸国の民主主義体制は無駄な時間をかけているように見えると言えます。

須賀:すでに一部の局面では「中国の意思決定は合理的だね」と、デジタルの力学をよく理解した人が評価しているという事実はあります。デジタル時代に国家の実力というものは一回リセットされて、先進国、途上国の振り分けはゼロベースで始まるのではないかとの感覚を持っています。たとえば、1990年代に内戦で数十万人が虐殺されたルワンダですが、世界で初めて航空法とは別に「ドローン向けの航空法」を策定しました。新しい分野に対する立法を途上国が行い、それを先進国が先進事例として参照するということが現実に起きています。日本も、途上国に振り落とされるリスクが充分にあります。

白井:ご指摘のように「リープフロッグ現象」により、道路、電機などのような基礎インフラに欠ける地域が、最先端技術の導入により一気に発展することがあります。中国のデータを活用した経済の仕組みも同様のことが言えると思います。しかしながら、最近中国はアントグループといったテック企業に対する締め付けを強化しています。せっかく苦労して大きな企業となっても、政府の方針変更一つで規制が強化されます。これでは、頑張っても仕方がないというようなイノベーションを阻害する気持ちが働くのではないかと思います。このあたりの動きはすでに見られるでしょうか。

須賀:中国のデジタル戦略、サイバー空間を国家としてどのように扱っていくかの戦略は、まずグローバルなプラットフォーマーのサービスを中国国内で提供できないように、ファイアウォールを設けて遮断するところから始まります。そして、国内の滴滴(ディディ)のように本来は芽が出なかったサービスが、国内初のプラットフォーマーとして成長し、花を開いたということです。これは一見カウンターインテリィジェンスというか、世界に例を見ない厳しい規制を取り入れることにより、国内ではイノベーションが花開き、この企業が逆にグローバルな市場を取りに行くような体力を国内市場で身に着けたということだと思います。

このように、プロイノベーションというものがどのようなものなのかということは、単純ではないように思います。なんでも自由にやっていいよ、ということが常にイノベーションに資するものではありません。自由にやることにより寡占が進むと、何のために独禁法があるのかという話になります。どうやってイノベーションというものを育んでいくのか、そのためのルール作りに終わりはありません。順調に育った企業が力を持ち過ぎた、あるいは投機の対象となる可能性があるというようなリスクが見えてきたときに、普通の感覚からすると「えっ」というような介入をする事例もあります。

それが国家としての振る舞いとして妥当なのかどうかというようなことも、簡単に判断できるものではなく、最終的には歴史が判断するのではないだろうかと思います。

日本は厳しい規則を受け入れることに後ろ向きです。なるべく自主的に、なるべく共同で、ガイドラインをベースにといった方法を好む傾向にあります。おそらく、それによって摘ままれるイノベーションの芽も有ると思います。

白井:いま独禁法のお話が出ましたが、最近アメリカでは支配的なプラットフォーマーに対する風当たりが強くなっています。寡占に対する危機感から「アマゾンの解体論」が出ていますが、ビジネスモデルがネットワークの外部性に依存しているため、単純な分割論は顧客の便益も損なうということになります。100年前に鉄道会社や石油会社を分割した時代とデジタル時代は異なるのではないかと思っています。

そのような観点から中国を見てみると、非常に賢いやり方をしているというように見えます。このあたりのご意見はいかがでしょうか。

須賀:現在デジタル界隈で盛り上がっているのは、今年(2021年)6月にリナ・カーンさんがアメリカ政治史上最年少の32歳で、連邦取引委員会(FTC: Federal Trade Commission)の委員長に抜擢されたことです。FTCはアメリカにおける公正な取引を監督・監視する連邦政府の機関です。彼女は、白井さんが指摘されたように、いままでの独禁法の考え方を形式的にプラットフォーマーに当てはめても最適解は出ないというようなことを主張しています。デジタル時代の独禁法的な、アンチ・トラスト的な価値を実現するには、全く違うルールを作らなければならないと主張する初めての学者です。彼女にどれだけの仕事をさせる胆力がアメリカにあるのかということは、これからすごく興味深い点かなと思っています。

日本では、残念ながらそういったルールメイキング志向のアカデメィアの方が非常に少ないという現状にあります。独禁法といっても、従来の独禁法とは違うロジックの研究というのはあまり進んでいませんが、今後リナ・カーンさんの一挙手一投足を観察しながら急ピッチでキャッチアップが進むと思います。デジタル時代のサイバー空間という突如現れた新しい大陸において、どのようなルールを当てはめていくのが適切なのか、自由に考えることができる、知的には非常に面白い取り組みではないかと注目しています。

(本文敬称略)


 
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