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2017.12.22 特別寄稿

日本経済シナリオ2:「格差不況」前編

中川 博貴

日本経済は1990年代のバブル崩壊後、崩壊前の水準に回復することなく伸び悩みに直面している。他の先進国に先駆ける形で少子高齢化による労働人口の減少が進み、国内需要は縮小傾向にある。

このような状況下において今後の日本経済に大きな転換点となる可能性があるのは、きたるべき「第4次産業革命」だ。この技術革新の波に国家としてどのように対処するかが、今後の日本経済の行く末を大きく左右することになろう。

本シリーズでは、日本経済が取り得る未来について考察し、導入とともに「ゆでがえる」「格差不況」「シェアリング」「黄金期」という4つのシナリオを紹介し、日本経済が取り得る未来と第4次産業革命が経済面に与えるインパクトを考察したい。各シナリオはそれぞれ数回にわたってご説明してゆく。

本稿ではシナリオ2「格差不況」前編をご紹介する(※)。格差不況シナリオは、計3回にわたってご説明する。

※導入と、シナリオ1「ゆでがえる」は、別途「日本経済シナリオ:第4次産業革命の与えるインパクトとは【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」、「日本経済シナリオ1:「ゆでがえる」前編【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」、「日本経済シナリオ1:「ゆでがえる」後編【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」参照。


格差不況シナリオとは


この格差不況シナリオとは、4つのシナリオのうち日本にとって最も深刻なシナリオとなる。第4次産業革命の到来は日本に明るい未来だけを約束しない。AIやブロックチェーン技術が社会に浸透し、雇用代替が著しく進む未来を想定しよう。ビジネスモデルのイノベーションに成功した企業がグローバル競争の勝ち組となり、旧態依然のままの日本企業が負け組になるかもしれない。そうなれば、企業倒産が相次ぎ、雇用は崩壊。経済格差が極端に拡大する。失業者の増加、税収減少で財政赤字はさらに拡大。高税率への移行は資産保有者たちが海外へ資本を逃避させるきっかけになるだろう。この資本逃避(キャピタル・フライト)は円安・インフレを招くにちがいない。高い失業率とインフレが同時に発生するスタグフレーションまで起きるかもしれない。まさに、没落していく未来だ。


新たな企業組織体が誕生


最近、ブロクッチェーン(分散型台帳)技術やAI、そしてロボットといった先進技術に注目が集まっている。中でも、ブロックチェーン技術は、その応用領域の広さから様々な可能性が考えられ、期待感が高い。ブロックチェーン技術とはデータベースの一部を共通化し、個々のシステム内に同一の台帳情報を保有することができるものだ。この技術を企業が活用することで、これまで直面してきた様々なコストの効率化が可能になる。

まず、企業には人材や情報、リソースを見つけるための検索コストがある。また、報酬や仕事の条件、秘密保持といった契約を締結するに伴う契約コスト、そしてスムーズに他者と協業するための調整コストなどが代表的だ。企業が存在する一つの意義はこれらのコストを効率化するためだが、ブロックチェーンの活用でこれらのコストを著しく最小化することができる。

一つ、具体的な事例を紹介したい。ブロックチェーンを活用したスマートコントラクトだ。スマートコントラクトは、簡単にいうと、社会の契約行為をプログラムによって自動的に実行することであり、この仕組みを企業が採用していけばこれまで以上に取引コストを削減することができる。これは、ブロックチェーン技術に、ある条件が合致した際に自動的に契約の条件確認や履行をデータの改ざんが非常に困難な状態で記録することが可能になるという仕組みがあるためだ。

一方、ブロックチェーン技術やAI、ロボットの社会実装が進むにつれて、企業の組織形態にも新しい選択肢が誕生する。一つは経営者はいるが労働者がいない(ロボットが代替する)組織だ。これまで人が担ってきた多くの業務をロボットが代替する。次に、経営者がいないが労働者はいる組織(DAOやDAC)だ。例えば、ビットコインのマイニング作業などが該当する。最後に、経営者も労働者もいない、まさにAIにより完全に自動制御されたサービスを提供する組織だ。

DAOについてはすでにいくつかの企業が先行している。例えば、米スタートアップのアーケードシティはブロックチェーン技術をアプリに導入しドライバーとユーザーを直接繋ぐサービスを提供している。利用料金ドライバーとユーザー間で決めることができ、分散型のシステムを利用することでドライバーは独立したサービス提供者になり、個々の判断によるサービスをユーザーに提供出来るという仕組みになっている。

また、AIとブロックチェーン技術の融合により、大型コンテナ商船の無人自動操舵も夢ではない。例えば、AIにより安全な最短航路などを導き出す自動運航システムが構築できるほか、ブロックチェーン技術を導入することで貨物の現在位置や記録状況など、輸送の進行状況を確認することができるようになる。このように、仲介者の介在を省略し、自律的に機能するシステムが誕生することで、現在よりもはるかに低コストでのサービス提供が実現可能になる。


(つづく~「日本経済シナリオ2:「格差不況」 中編【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」~)



フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議の主要構成メンバー
シークエッジグループ代表 白井一成
フィスコIR取締役COO 中川博貴
フィスコ取締役 中村孝也

【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】は、フィスコ・エコノミスト、ストラテジスト、アナリストおよびグループ経営者が、世界各国の経済状況や金融マーケットに関するディスカッションを毎週定例で行っているカンファレンス。主要株主であるシークエッジグループ代表の白井氏も含め、外部からの多くの専門家も招聘している。それを元にフィスコの取締役でありアナリストの中村孝也、フィスコIRの取締役COOである中川博貴が内容を取りまとめている。2016年6月より開催しており、これまで、この日本経済シナリオの他にも今後の中国経済、朝鮮半島危機を4つのシナリオに分けて分析し、日本経済にもたらす影響なども考察している。今回の日本経済に関するレポートは、フィスコ監修・実業之日本社刊の雑誌「FISCO株・企業報 2017年冬号」の大特集「日本経済シナリオ」に掲載されているものを一部抜粋した。

中川 博貴

株式会社クシム代表取締役
フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議の設立メンバーとして当時より参画。 公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。 環境省「持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会」委員(2015〜2017)。 IR専門誌「フィスコファイナンシャルレビュー」編集長(2017〜2019)。 著書に「ザ・キャズム 今ビットコインを買う理由」がある。