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2017.12.06 特別寄稿

日本経済シナリオ1:「ゆでがえる」前編

中川 博貴

日本経済は1990年代のバブル崩壊後、崩壊前の水準に回復することなく伸び悩みに直面している。他の先進国に先駆ける形で少子高齢化による労働人口の減少が進み、国内需要は縮小傾向にある。

このような状況下において今後の日本経済に大きな転換点となる可能性があるのは、きたるべき「第4次産業革命」だ。この技術革新の波に国家としてどのように対処するかが、今後の日本経済の行く末を大きく左右することになろう。

本シリーズでは、日本経済が取り得る未来について考察し、導入とともに「ゆでがえる」「格差不況」「シェアリング」「黄金期」という4つのシナリオを紹介し、日本経済が取り得る未来と第4次産業革命が経済面に与えるインパクトを考察したい。各シナリオはそれぞれ数回にわたってご説明してゆく。

本稿ではシナリオ1「ゆでがえる」をご紹介する(※)。ゆでがえるシナリオは、計2回にわたってご説明する。

※導入は、別途「日本経済シナリオ:第4次産業革命の与えるインパクトとは【フィスコ 世界経済・金融シナリオ分析会議】」参照。


「ゆでがえる」シナリオとは


日本は戦後から高度経済成長期にかけて築いた外貨獲得モデルの頑健性が非常に高く、かつ、その大転換を迫られるほどの環境変化も起きない。人口構造の変化が進む中、旧き時代の経済システムを捨てきれずに規制緩和も遅々として進まない。潤沢な資金は成長分野へ向かわず、結果として第4次産業革命の恩恵を十分に享受できない。人口減少による生産性の伸び悩みから非常に緩やかに経済規模は縮小。財政赤字は今以上に拡大し、2040年〜50年に資金繰りに行き詰まり、財政崩壊の危機に直面する。まさに、超長期の時間軸で衰退していくシナリオだ。


貯蓄投資のバランスが変化


日本の投資貯蓄バランス(以下、ISバランス)に変化が起きている。過去から今日に至るISバランスから経済主体である家計・企業・政府・海外の各部門の資金の流れを確認することができるが、注目すべきは1990年前半を境に貯蓄の主体が家計から企業に変わっていることだ。1980年代の貯蓄主体は家計だった。しかし、1997年をピークに家計の貯蓄残高は減少に転じている。

一方、企業は1994年に資金不足主体から資金余剰主体へ転じた。その後は、長いデフレ不況にて企業の投資意欲は冷え込み、家計に代わる新たな国債引き受けの担い手と化している。また、日本では家計・企業は一貫して資金余剰主体である。政府はそれを糧に借金を繰り返し、恒常的に財政赤字。経常収支は黒字(海外部門は資金不足)である。民間部門の余った貯蓄が政府部門の赤字を埋め、さらに海外部門の資金不足を補っている。すなわち、民間部門(特に、企業)が政府の赤字国債を購入し、さらに海外の国債や証券などを購入しているという構造にある。

民間設備投資が伸び悩み


景気先行指標である民間設備投資はどうだろうか。1995年から2015年にかけての年平均成長率はマイナス2・1%と低水準である。特に1998年を境に直近年まで民間企業の投資意欲は乏しいままだ。財務省が2017年9月に発表した2016年度法人企業統計によると、企業が事業活動から得た利益から株主への配当などを差し引いた利益剰余金(ただし、金融業、保険業を除く)は406兆2348億円と過去最高を更新した。日本経済は回復基調にあると言われるが、企業は依然として内部留保を溜め込み、リスクマネーは市中に回っていない。新成長分野が見出せなければ、投資意欲は冷え込み盛り上がりに欠けるだろう。


生産年齢人口は減少、高齢化が加速し全世代で購買意欲は徐々に低下


日本の人口動態にも変化が生じ始める。高齢化に伴って総人口は2020年をピークに減少に転じると予測される。また、長期的なデフレ不況によって賃金の伸び悩み、日本の貯蓄率を下支えしていた中間層も崩壊。生活水準が最低ラインを満たすことができない最下層も出現する。その結果、既存の税金制度の適用が難しくなり、不平等さが目立ち始めることになろう。また、消費行動にも変化が生じるはずだ。企業による環境問題への取り組みや大量生産、大量消費型の現行の社会経済システムへのアンチテーゼを背景に、環境や社会貢献への意識の高まりから若い世代は大量消費社会を経験している現役世代と比較して、モノを購入しない傾向が強い。

デフレ不況下にて、モノを持たない「ミニマリスト」という価値観の消費者も現れた。加えて、企業・店舗などに対して理不尽な要求をするモンスター消費者の誕生など買い手の交渉力が強まり、サービスやモノを共有する売り手の立場は弱くなっている。

また、スマートフォンの普及により経済活動は効率化していくに違いない。例えばコンビニが冷蔵庫の変わりとなり、TVや音楽、ゲームといったエンターテイメントもスマートフォンで代替が可能になるなど、サービスの一層の充実化が進む。加えて、シェア(共有)という概念の広がりから、民間部門の消費金額は減少していくだろう。人々の働き方も変化する。「ブラック企業」とか「搾取される労働者」といったイメージが、勤労意欲を低下させていく。好奇心旺盛かつリーダーシップのある高額所得者とその他に二分化し、収入の格差が生じる。


(つづく~「日本経済シナリオ1:「ゆでがえる」 後編【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」~)



フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議の主要構成メンバー
シークエッジグループ代表 白井一成
フィスコIR取締役COO 中川博貴
フィスコ取締役 中村孝也

【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】は、フィスコ・エコノミスト、ストラテジスト、アナリストおよびグループ経営者が、世界各国の経済状況や金融マーケットに関するディスカッションを毎週定例で行っているカンファレンス。主要株主であるシークエッジグループ代表の白井氏も含め、外部からの多くの専門家も招聘している。それを元にフィスコの取締役でありアナリストの中村孝也、フィスコIRの取締役COOである中川博貴が内容を取りまとめている。2016年6月より開催しており、これまで、この日本経済シナリオの他にも今後の中国経済、朝鮮半島危機を4つのシナリオに分けて分析し、日本経済にもたらす影響なども考察している。今回の日本経済に関するレポートは、フィスコ監修・実業之日本社刊の雑誌「FISCO株・企業報 2017年冬号」の大特集「日本経済シナリオ」に掲載されているものを一部抜粋した。

中川 博貴

株式会社クシム代表取締役
フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議の設立メンバーとして当時より参画。 公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。 環境省「持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会」委員(2015〜2017)。 IR専門誌「フィスコファイナンシャルレビュー」編集長(2017〜2019)。 著書に「ザ・キャズム 今ビットコインを買う理由」がある。