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2018.05.31 特別寄稿

仮想通貨を圧倒する中国電子マネーの台頭
一橋大学名誉教授 野口悠紀雄氏インタビューvol.4

野口 悠紀雄

◇以下は、FISCO監修の投資情報誌『FISCO 株・企業報 2018年春号 −仮想通貨とサイバーセキュリティ 』(4月28日発売)の巻頭特集「一橋大学名誉教授/早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口 悠紀雄氏インタビュー」の一部である。全5回に分けて配信する。



日本を代表する金融・経済学者であり、著名な知識人でもある野口悠紀雄氏は2014年に著した啓蒙書『仮想通貨革命』で、仮想通貨に潜む巨大な可能性を指摘した。以来、同氏の仮想通貨に込められた熱い思いと冷徹な分析は、日本の投資関係者に大きな影響を与え続けている。今回は、昨年来の仮想通貨を取り巻く世界の動きを振り返るとともに、これからの仮想通貨の課題や進むべき方向について同氏の率直な考えをうかがった。


―中国では、電子マネーの急速な普及が仮想通貨の大きな脅威になっていると警鐘を鳴らしておられます。最新の状況についてお聞かせください。

数年前にはあまり意識していなかった大きな変化は電子マネーの成長ですね。特に中国における電子マネー、アリペイ(アリババ系金融子会社のモバイル決済システム)やWe Chat Pay(テンセントのモバイル決済システム)が、著しい勢いで成長している。

アリペイ、We Chat Payはプリペイド型の電子マネーですから、その機能はかなり限定的です。仮想通貨のように転々と流通することはないし、ましてや誰にでも手軽に送金するといったことはできません。しかし、機能が限定的であるとはいえ、中国という社会のなかで急速に成長しており、すでに現在の利用者が10億人を超えると言われています。

キャッシュレス化が進んで、現金通貨ではなくアリペイ、We Chat Payが普通に使われている。ではビットコインが現実通貨に対してこのように影響を与える存在になれるかというと、考えにくい。アリペイやWe Chat Payはすでにそういう規模になっている。そのことの影響をどう考えるべきかというのは、今年、深刻な問題になってくると思います。


―深刻な問題とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

まず1つは日本にとっての深刻な問題です。アリペイ、We Chat Payは海外進出を考えています。日本の場合は2020年に東京オリンピックがある。中国からの客が日本に来て買い物をするとなると、彼らはアリペイ、We Chat Payで 買いたいわけですね。したがって店は導入せざるを得ない。

実際、日本ではかなり導入が進んでいます。 アリペイの加盟店はすでに4万店はあるそうです。4万店舗というのは、Suicaの加入店舗が40万店舗くらいなので、その10分の1くらいでしかないけれども、すでに10分の1になったとも言える。しかも年間の増加率が60パーセントぐらい。そういう急激な膨張に対して日本はどう考えるのか、ということですね。

2020年のオリンピックの頃には、日本の多くの店舗がアリペイで支払いを受け付けるという状態になることはあり得るわけです。そうなった場合、店の側から、日本人もアリペイでの支払いができるようにしてくださいという要求が出ることは十分考えられます。つまり日本はアリペイに征服されるということですね。

深刻な問題はこれだけではありません。今はQRコードが中心ですが、顔認証でも払えるようにしている。すでに顔認証を取り入れた実験店舗ができています。ということは、中国人は喜んで自分の顔の情報をアリペイに提供しているということになります。


―まさしくそういう意味で、本来順調に成長してほしかった仮想通貨が思わぬ逆風でもたついている間に、考えもしなかったカウンターパートができてしまったと。

中国は仮想通貨に対して非常に敵意を持った対応をしているように見えます。本当は管理に使いたいけれども、そういうことはできそうもない。そうであれば、仮想通貨は潰さなければならない。中国政府の考えはそういうことではないか、というのが私の理解です。


(つづく~一橋大学名誉教授野口悠紀雄氏インタビューvol.5 ビットコインは原点に返れ!【フィスコ 株・企業報】)~)

野口 悠紀雄

一橋大学 名誉教授
1940年、東京に生まれ。 1963年、東京大学工学部卒業。1964年、大蔵省入省。1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。著書に『情報の経済理論』(東洋経済新報社)『土地の経済学』、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞出版社)など多数。近著に、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)、『経済データ分析講座』(ダイヤモンド社)、『「超」現役論』(NHK出版)、『だから古典は面白い』(幻冬舎新書)、『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社)などがある。