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2021.09.07 特別寄稿

台湾海峡危機に関する議論が伯仲
元統合幕僚長の岩崎茂氏

岩崎 茂

私は前回「台湾問題の深刻さ」において、台湾海峡の危機に関する意見を述べた。我々のように安全保障へ携わってきた者は、この海峡の危機に関して以前から警鐘を鳴らしていたが、ここに至って台湾海峡の危機がいろいろな場面で議論されるようになった。世界の関心がこの周辺に向けられている事を意味し、直接被害を被っている我が国や周辺国のみだけの議論よりも、寧ろ歓迎すべきことであろう。

この台湾海峡情勢・危機等に関しては、2010年頃以降の特に中国人民解放軍の海・空軍の活動活発化により、日米間で何度か議論されてきていた。しかし、最近の急激な議論の高まりのきっかけは2021年3月16日、東京で行われた「日米2+2(外務・防衛相会談)」となる。ここで日米両国は、台湾海峡危機を公式に認めたのである。その後、米国で4月16日に「日米首脳会談」が行われ、終了後の共同声明にも台湾海峡の事が盛り込まれ、そして6月11-13日に英国で行われたG7サミットの共同宣言でも、「台湾海峡の平和及び安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」と台湾海峡危機について初めて言及された。どの公式文書にも、「平和的解決」との趣旨が記載されており、ある意味においては、当たりまえの事が述べられている。しかし何故、こんなにも急激に台湾海峡危機が議論されるようになったのであろうか。それは皆様ご承知のとおり、最近の中国の「台頭」であり、中国の各地での「勝手な行動」であり、「一方的な力による現状変更」行動に理由がある。

台湾海峡の危機に関しての議論の盛り上げりには、先ほど挙げた3つの会議とともに、2021年3月から6月の米国議会における3人の米軍大将の発言があったことも大きな要因といえる。先ず3月9日、当時の米国インド・太平洋軍(PACOM)司令官のデービッドソン海軍大将(その後、退役)が、米国上院軍事委員会の公聴会で、「今後、6年以内(2027年頃まで)に中国軍が台湾に侵攻する可能性がある」と証言した。続いて当時、次期PACOM司令官候補であったアキリーノ海軍大将(現PACOM司令官)が3月23日、米国上院軍事委員会における指名承認の公聴会で「(この台湾海峡危機は)大方の想定よりも間近に迫っている」と指摘した。デービッドソン大将の指摘した6年よりも早くなる可能性があると述べたのである。そして、この後、この2名の海軍大将の発言に対し、米国軍の制服トップの統合参謀本部議長であるミリー陸軍大将は、米国上院歳出委員会の公聴会で「中国軍は台湾を侵攻するだけの能力を持っておらず、近い将来、中国が台湾を侵攻する可能性は低い」との見解を示した。この様に、米軍人の見方も異なることから、米国内でも我が国でも、この台湾危機に関する議論がされるようになったのである。

これらの議論の多くは、恰も「台湾海峡危機は間近」と「危機はまだまだ遠い」の相反する意見の様に取り扱われている。議論の中には、PACOM司令官の二人の海軍大将の発言を「予算取りの為に脅威を煽っているのではないか」であるとか、「ミリー統参議長の見方のほうが冷静で妥当では」等の様々な議論がある。しかし、私は、この米国の3人の大将の中国軍の台湾に対する行動予測を、必ずしも相反するものでないと考えている。そもそも「危機管理」や「安全保障」とは、「事を起こさないようにどう備えるか」、また、「もし起こった時にどうするか」を考え、事前に準備することである。そして、事が起こったら即座に対応する事が常道である。その事がいつ起こるかの予測は、一般的にそう簡単ではない。自然や地球相手では、ある程度の予測は出来るようになって来ているが、まだまだ困難な面も多々存在する。ましてや、相手の意思がある場合の予測は困難を極める。ミリー大将が指摘された中国軍の「現有能力」に着目した発言は、極めて妥当な考え方である。私も同意であり、現時点や近未来において米軍と中国軍の能力を比較すれば、中国軍は米軍にとても敵わないであろう。しかし、これは飽くまでも一般論であり、双方を総合的に評価した場合のことである。しかし、人間は感情の動物であり、常に冷静であるとは限らないし、例え相手が強くても、自分の琴線に触れる様なことがあれば、負けることを覚悟しながら戦いを挑むことはあり得る。また、ある限られた地域や限定的な小競り合いの場合には、一般論的な論理が働かないこともあり得る。

そこで重要なことは、相手方の「意図(思惑)」を見抜くことである。即ち、「台湾海峡」の将来については、習近平の「意図(野望)」がどこにあるかを、よく理解しておくことが必要である。習近平は、事ある毎に「中国の核心的利益」なる言葉を使っている。台湾は、中国の当面の最大の核心的利益であると考えられる。そして、私は前回、習近平の野望は「毛沢東を越える事」と記述した。この野望を遂げるには、習近平は、先ず台湾に関する何らかの利権を手中に入れたいと考える。習近平は、既に香港の「一国二制度」を有名無実にした。香港は、ほぼ習近平の支配下になったのである。習近平の大きな手柄である。この手柄で彼は、共産党総書記は二期までという慣例を破り、三期目(2022年-2027年)へ突入できるのである。彼の次なる目標は、台湾である。毛沢東は金門・馬祖諸島を武力で攻撃したものの手中に出来なかった。もし、習近平が次の三期目に、金門・馬祖でも、南シナ海の大平島でも、台湾が統治している一部の権益を犯すことが出来れば、習近平の大きな手柄になる。これは即ち、習近平が毛沢東を越えたことになるのである。

当然のことながら、この様なことは簡単にいかない。しかし、習近平は米国のバイデン大統領や米軍の顔色を窺いながら、スキがあれば、この様な行動をとる可能性があると私は考えている。2020年の10月、中国は200隻を超える船(海砂採取船・運搬船・漁船等)を馬祖諸島の南竿島周辺に結集させ海砂を採取した。南竿島の砂浜が無くなるほどの採取であった。これに対し、米国も、我が国も、何の対応も示さなかった。2014年、中国は100隻を越える船(石油試掘船・海警船・漁船等)をベトナム沖に送り、石油の試掘を行ったが、この直後のシャングリア会議(アジア安全保障会議)で、米国が中国に対し強い警告をしなかったことが蘇る。この会議終了直後から、中国の南シナ海の埋め立てが始まったことを忘れてはいけない。中国(習近平)は、米国があまり関心を示さない場合に前進し、強い関心(警戒心)を示す場合に、一度立ち止まる。そして何年も待ち、スキを狙うのである。そして、中国が一旦、既成事実を作れば、元に戻ることはない。南シナ海の埋め立て地がそのいい例である。2015年、習近平は米国に招待され、オバマ大統領に南シナ海の埋め立ての件を指摘され、「(1)もう、これ以上埋めてしない事、(2)この埋め立て地を軍事化しない事」を約束した。(1)の約束は守られた(既に彼らの所要のほぼ全ての埋め立てが終了していた)ものの、(2)は直ぐ破られ、いつの間にか滑走路が建設され、格納庫が出来、対空警戒レーダーと思われるレーダーが配備され、ほぼ完璧な軍事化が進められている。中国は、一旦とったものを返すことをしない。もし、そんなことをすれば、その為政者は即座に失脚するであろう。私は、米国の三人の大将の発言は、この様な認識に基づいたものと考えている。

米国は、トランプ大統領が「台湾関係法」を全面的に見直して以降、台湾に対する軍事支援をより一層進めている。潜水艦の支援やM1A2戦車、F-16Vに引き続き、陸上配備型のハプーンミサイル及びM109A6パラディン自走砲の売却を決定し、最近では台湾の演習等にも米軍人が参加しているとの報道もある。より緊密な関係を構築中である。今年になり米軍C-17輸送機が台北を訪問した。これは、米軍の兵員・武器等の輸送の準備とも考えられる。一方の中国も引き続き、台湾周辺海域に空母等を派遣して威嚇(プレゼンス)するとともに、台湾海峡の中間線を越える中国人民解放軍の海・空軍機(戦闘機・爆撃機・偵察機等)の飛行が頻繁に確認されている。そして今年4月には、075型強襲揚陸艦「海南」(約4万トン;ヘリ30機程度の搭載可能)が就役した。これにより中国人民解放軍の着上陸能力が格段に向上することになる。また、2021年8月には、DF-15弾道弾の改良型(想定、射程延伸・精度向上が見込まれている)の発射試験に成功したことが公表されている。中国側も着実にその能力向上を図っている。

我が国の多くの安全保障関係者は、「台湾有事を、ほぼ我が国の生存危機事態」と考えているものの、「日本と台湾の安全保障上の交流」は行われていない。事が起こってからでは遅すぎる。特に、現代戦は作戦推移が急激である。事前準備がより大切になってきている。我が国は予てから「One China Policy(一つの中国政策)」」を堅持しており、台湾との各種交流は簡単でないものの、事態は迫っている。より深刻な危機感を持って臨むべきである。

そこで、私は、以下を提言したい。

1.早期の戦略見直し

我が国は、2013年12月に「国家安瀬保障戦略(NSS)」を閣議決定している。当時の様相と近年では、国内外ともに環境が劇的に変化してきており、今後の我が国周辺での事態に適切に対応すべく、早急な見直しが望まれる。

2.「戦略体系の見直し」及び「新中期防策定」を急げ

戦略体系のあるべき姿に関して、前記「NSS」策定時にも議論されたが、結果的に時間的な制約もあり、「防衛計画の大綱(以下「大綱」)」を維持することとした。
「大綱」が我が国の安全保障政策に果たした役割は計り知れないものの、我が国は戦略体系を見直し、「NSS」を受けた「国家防衛戦略(NDS)」、(「国家軍事政略(NMS)」)、「統合運用戦略(JOS)」等々へ移行すべきである。そしてこれらの戦略では、台湾海峡の危機のみならず、台湾との交流の仕方にも言及すべきである。
そして、新戦略の下で「新中期防衛力整備計画(「中期防」)」を策定する必要がある。この際、特に我が国の情報収集能力、遠距離作戦能力、機動力、新分野(宇宙・サイバー・電磁波)能力、抗堪性・継戦能力を向上させる施策を盛り込むべきである。
また、NSS策定に際しては、防衛分野以外の戦略策定も必要である。「NSS」の範囲は、必ずしも防衛分野のみではない。外交、経済、エネルギー、食糧、教育など広範にわたるものである。それぞれの分野で国家としての戦略を示す必要があると考える。各分野の戦略の頂点に立つのが「新NSS」なのである。

3.日米同盟の再定義

日米安全保障条約は、我が国の防衛・安全保障を考える上での大きな柱であることは、今後も変化することがないと考えられる。ただし、更なる強化を目指すのであれば、再定義が必要である。2021年末までに、本年2度目の「2+2(外務・防衛相)会議」が予定されている。この会議では、昨年来問題が指摘されている、所謂、「思いやり予算」が議論されると思われる。私は昨年以来、この名称を変えるべきと主張している。米軍にとって「思いやり」とは、どんな響きなのだろうか。在日米軍は、日本から「思いやられる」存在なのだろうか。私は、更なる日米関係強化の為、この制度を飛躍的に発展させた、単に軍事分野に限らず「日米関係強化予算」または、「日米同盟(強化/協力)予算」等へ移行すべきと考えている。安全保障の新分野と言われる宇宙、サイバー、電磁波等は、軍事に限ったことではない。より拡大した中での予算配分を行うべきで、これは我が国の防衛費枠には相応しくない分野であり、別管理すべき経費である。

世界は今、大変革期に入っている。世界は、「中国の台頭」と「米国の相対的力の低下」とともに、様々な問題点が噴出している。そしてこんな時期に最悪の新型コロナウイルス事態である。

ここで我々は、自分の立ち位置を明確にし、中長期的観点から、世界の中での日本の役割を認識し、行動する時である。

(令和3.8.27)

写真:ロイター/アフロ

岩崎 茂

ANAホールディングス 顧問、元統合幕僚長
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。※岩崎の「さき」は「崎」の異体字(「山」辺に「立」に「可」)