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2022.03.11 コラム

新型コロナパンデミック: 優等生だった香港が突然最悪になったのは何故なのか?
東京慈恵会医科大学 浦島充佳

浦島 充佳

今、香港が大変なことになっている

香港はゼロコロナ政策を体現し、パンデミックが始まってから常に優等生であった。海外からの入国者は2週間検疫され、市内でも厳しいコロナ対策が実施されていた。その結果、日々の患者発生数は数人のことが多く、ゼロという日さえもあった。

ところが、オミクロン株の出現により状況は一変する。2月前半より患者数が急に増え始め、2月後半より死亡者数も増え始めたのだ。その数はあっという間に世界最悪にまで激増し、3月3日に56,827人/日の発症、3月7日には280人/日の死亡を記録した(図1)。昨年12月までの2年間の死者数が200人程度であったことを考えると、わずか1日足らずで2年分を超えたことになる。一体何が起こったのか?

英国と米国では2020年春、従来株による最初のピーク、2021年の2月にアルファ株、9月にはデルタ株、そして2021年12月から翌22年1月にかけてオミクロン株が大流行した。その結果、米国では7千8百万人が罹患し、95万人が死亡、英国でも1千9百万人が罹患、16万人が死亡した。ところがそんな英米両国のピークをはるかに超える勢いで香港では人口比の発症率と死亡率が増えている。

日本でも年明けより発症者数が急に増え始め、2月5日には10万人を超えて憂慮される事態となったが、現在徐々に落ち着きを取り戻しつつある。しかし、そんな日本の状況とは比べものにならないくらい香港の状況は激変している。

図1.人口100万人当たりの発症率(上)死亡率(下)の推移(7日間移動平均)*¹

 

シンガポール、韓国でも発症率が激増している

今まで優等生だったシンガポールや韓国でも発症者数が増えている(図2)。シンガポールや韓国の予防接種率は日本よりも高い。2回目接種は9割、3回目接種は6割以上だ。それなのに発症数が急増しているのはどうしてだろうか?

図2.人口100万人当たりの発症率の推移(7日間移動平均)*²

 

英国は「ファイザー製ワクチンの3回目ブースター接種をしたあと2~4週ではオミクロン株感染予防効果が67.2%で、10週以上経つと45.7%へと急速に減弱する、2回接種で25週以上経てば8.8%しか効いていない」ことを誌上発表した*³。ファイザーワクチンは従来株に対して95%という高い予防効果*⁴を示していたことを考えると、いかにオミクロン株の感染に対して効き目が弱いかが分かる。つまり、ワクチン接種直後であればオミクロン株の発症をある程度は抑えるが、感染拡大を抑えることはできないということだ。

 

3回目のワクチン接種の遅れが、感染が落ち着かない理由なのか?

各都道府県の直近1週間(3月1日~7日)の人口10万人あたりの感染者数は国内47都道府県の最も多い大阪と島根の間で5倍以上も異なる。3回目ワクチン接種が遅いと人口当たりの患者数が減らないのだろうか? 図3をみると決してそういうわけではないのがよく解る。接種率が増えると患者数が減る傾向にはあるが、その関係性は弱い(相関係数0.30)。

図3.3回目ワクチン接種率*⁵と各都道府県の直近1週間(3月1日~7日)の人口10万人あたりの感染者数*⁶の関係(著者作成)

 

日本の現状は3回目接種が高齢者を中心に進んでいるが、それ以外の世代ではまだまだである。しかし、オミクロン株感染の中心は3回目のブースター接種が進んでいない小児~若者~中年(親)世代である。そのため、発症数がなかなか落ち着かない。

 

人口密度がオミクロン株の感染拡大に関係する

図3のいずれの国も比較的人口密度(人/km2)が高い:シンガポール=7.92K; 香港=7.04K; 韓国=0.53K; 日本=0.35K。先進国でもニューヨークやロンドンなど都会で増えた。しかし、国際比較だと、変数が多すぎて純粋に人口密度の発症率に及ぼす影響を分析するのは難しい。そこで、日本の47都道府県で「人口密度(対数)」と「最近1週間(3月1日から7日)の人口当たりの感染者数」を比較してみた(図4)。その結果、両者の間には非常に強い正の関係(相関係数0.82)があることが判明した。感染者数を多い方から並べると大阪、東京、奈良、神奈川、埼玉、兵庫、滋賀、千葉、沖縄、愛知、福岡、京都の順で、首都圏と関西圏を中心とする都市部に多いことは明らかだ。一方、少ない方から並べると、島根、新潟、長野、山形、福島、鳥取、宮崎、山口、愛媛、岩手、秋田、広島である。つまり東京や大阪など人口密度が高い都道府県では感染者数が減り難いということだ。沖縄も感染者数が減り難いのはまん延防止を解除したことが原因というよりは、人口密度が高いことが理由かもしれない。感染症であるから人と人との接触が多い都会で増える。オミクロン株になって発症年齢の中心が若者、そして小児にシフトしてきたが、この世代は人との接触機会が高齢者に比べ多い。オミクロン株特有の現象だ。

図4.各都道府県人口密度と各都道府県の直近1週間(3月1日~7日)の人口10万人あたりの感染者数の関係(著者作成)

 

しかし、死亡率も激増しているのは香港だけ

話を元に戻す。同じ4か国で死亡率を観ると、香港だけが突出して急増しているのがよく解る(図5)。逆に、シンガポールや韓国では発症率に比べて死亡率がかなり抑えられている。その理由は誰の目にも明らかだろう。シンガポールおよび韓国のワクチン接種率が香港と比べて非常に高い。

図5.人口100万人当たりの死亡率の推移(7日間移動平均)*⁷

 

イギリス保健当局は、「50歳以上の中年~高齢者に対して3回目のブースター接種をしておくと、オミクロン株に感染しても死亡リスクを92%も減ずることができる」と発表した*⁸。一方、2回のワクチン接種で半年以上が経過していると60%の死亡リスク減だった。ブースター接種の効果は絶大だが、2回接種であっても死亡リスクをどんな薬よりも大幅に減ずることができる。

よって、「オミクロン株に対するワクチン接種の意義は感染拡大抑止というよりは重症化抑制にある」と結論できる。

 

香港と日本の3回目ワクチン接種率は同じ

ところが、香港と日本では、ワクチン接種率はあまり変わらない。2回接種は香港70%、日本80%で若干日本の方が高い。しかし、3回接種はそれぞれ26%、25%でほとんど同じだ。だが、香港と比べ日本の発症率、死亡率はかなり低い。ワクチン接種率が同じなのに日本の死亡率が低いのは何故なのだろうか?

 

香港は高齢者にワクチン接種をしていない

香港政府とメディアはリスクコミュニケーションを誤った。2021年4月、ワクチンプログラムがはじまったころ、接種後死亡した高齢者について、因果関係が明らかではないにもかかわらず、あたかも因果関係があるかの如く説明してしまったがために、「高齢者へのワクチン接種は危険」という印象を最初に植え付けてしまったのである。その結果、香港の80歳以上の高齢者の50%が1回のワクチン接種を受けただけで、ほとんどワクチン接種を受けていないのだ*⁹。

一方、日本では65歳の高齢者の92.4%が2回接種を終え、62.9%が3回目接種を終えている*¹⁰。全体でみると同じ接種率であっても、高齢者を優先した日本と高齢者にほとんど接種できていない香港との違いは大きく、死亡率という結果として現れた。香港では、ワクチン接種を完了していない高齢者を中心に死亡者が増加し、介護施設などでの感染拡大によってさらに死亡者が増えるとの懸念が強まっている*¹¹。

さらに、アンケートで「何故ワクチン接種を受けないのか?」の問いに対して、「その必要性を感じないから」というのが主な回答だった*¹²。それもそのはずである。ゼロコロナ政策で発症と死亡をほぼゼロに抑え込んでしまってきたからだ。多くの人は、「ワクチン接種を受けて重篤な合併症や最悪死亡もあり得るのに、ほとんど流行していない新型コロナを何故予防する必要があるのだろう?」と感じ、接種を受けるのをためらったのではないだろうか?

 

コロナ禍であっても科学の王道を踏み外してはいけない

しかし、高齢者のワクチン接種率だけが明暗を分けた理由だろうか? 私は香港で1回目、2回目のワクチン接種に使われた不活化ワクチンのシノバック(中国製)が効いていないのではないかと見ている。

シノバックに関してプラセボを用いた大規模なランダム化臨床試験は実施されないまま社会実装された。よって、発症率をどの程度予防し、入院率や死亡率をどの程度抑えるかは不明である。香港ではゼロコロナ政策がとられてきたため、シノバックが効いているようにも見えていた。しかし、オミクロン株という非常に強い感染力をもつものには耐えきれなかったということである。2021年11月より香港ではシノバックからビオンテックのmRNAワクチンに切り替えて3回目ワクチン接種を推奨するようになった*¹³。シノバックが効いていなことを自ら認めたようなものである。オミクロン株の大流行がはじまる前であったが「時すでに遅し」である。先に示した通り、香港の死亡率が世界最悪となった。

一方、米国はコロナ禍であっても「科学の王道」は踏み外さなかった。ファイザーワクチン*¹⁴とモデルナワクチン*¹⁵の開発を急いでいたものの、合計6万人以上を対象に大規模ランダム化プラセボ比較臨床試験をやってのけたのである。抗体価の上昇という中間マーカーではなく、発症予防というワクチンの開発目的に合致したアウトカムが選ばれた。そして、それぞれ95%と94%の有効性をただきだした。

仮にパンデミック禍であっても、医療は科学的エビデンスに基づいて実施されなくてはならない。そして、政策も科学的エビデンスに基づいて決定されるべきである。

 

世界では緩和が進んでいる

英国ジョンソン英首相は2月21日、新型コロナウイルスとの共生策を発表した*¹⁶。イングランドで感染者および濃厚接触者を隔離する法的な規制を全廃する。新型コロナの重症化率が低いためで、インフルエンザと同様に扱って通常の生活に近づける。

ニューヨーク市は3月4日、新型コロナウイルスの感染者数の減少を受けて日常生活の規制をほぼ解除すると発表した*¹⁷。7日から飲食店でのワクチン接種証明の提示や学校でのマスク着用義務をなくす。

一方、日本では東京、大阪を含む18都道府県で3月21日までまん延防止等重点措置が延長された*¹⁸。日本は欧米と異なる方針だが、日本の人口100万人当たりの新型コロナ発症数(図6)および死亡者数(図7)はイギリスとほぼ同じである。逆に日英と比較して米国の発症率は低いが、死亡率は高い。それでも対応は分かれた。だが、日本でも病床逼迫の心配が無くなれば解除の方へ向かうことを期待したい。

図6.人口百万人当たりの新型コロナ診断数(1週間移動平均)*19

図7.人口百万人当たりの新型コロナ診断数(1週間移動平均)*²⁰

 


*¹ Our world in data より作図 https://ourworldindata.org/coronavirus

*² Our world in data より作図 https://ourworldindata.org/coronavirus

*³ Andrews N, Stowe J, Kirsebom F, et al. Covid-19 Vaccine Effectiveness against the Omicron (B.1.1.529) Variant. N Engl J Med. 2022 Mar 2. doi: 10.1056/NEJMoa2119451.

*⁴ Polack FP, Thomas SJ, Kitchin N, et al. Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine. N Engl J Med. 2020 Dec 31;383(27):2603-2615. doi: 10.1056/NEJMoa2034577.

*⁵ https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/progress/#mokuji8

*⁶ https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data-widget/#mokuji0

*⁷ Our world in data より作図 https://ourworldindata.org/coronavirus

*⁸ Boosters provide high level of protection against death with Omicron UK Gov https://www.gov.uk/government/news/boosters-provide-high-level-of-protection-against-death-with-omicron

*⁹ Hong Kong failed to vaccinate its elderly. Now COVID deaths are overwhelming morgues and forcing the city to consider a lockdown. FORTUNE https://fortune.com/2022/03/01/hong-kong-covid-deaths-morgues-vaccinate-elderly-lockdown-omicron/

*¹⁰ https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/

*¹¹ 新型コロナ、香港の死亡率が最悪-死亡者は世界で600万人超 Bloomberg https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-03-07/R8DEORT1UM1I01

*¹² ‘COVID zero’ regions struggle with vaccine complacency. Nature https://www.nature.com/articles/d41586-022-00554-0?utm_source=Nature+Briefing&utm_campaign=24c3999968-briefing-dy-20220307&utm_medium=email&utm_term=0_c9dfd39373-24c3999968-46883274

*¹³ 香港、3回目のワクチン接種へ 中国製から切り替え促す 日経新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM032J40T01C21A1000000/

*¹⁴ Polack FP, Thomas SJ, Kitchin N, et al. Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine. N Engl J Med. 2020 Dec 31;383(27):2603-2615. doi: 10.1056/NEJMoa2034577.

*¹⁵ Baden LR, El Sahly HM, Essink B, et al. Efficacy and Safety of the mRNA-1273 SARS-CoV-2 Vaccine. N Engl J Med. 2021 Feb 4;384(5):403-416. doi: 10.1056/NEJMoa2035389. Epub 2020 Dec 30.

*¹⁶ 英、コロナ規制を24日に全廃 扱いインフルと同様に 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR21D6L0R20C22A2000000/

*¹⁷ NY市、コロナ規制を解除 飲食店での接種証明など 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN04F110U2A300C2000000/

*¹⁸ 基本的対処方針に基づく対応 内閣官房 https://corona.go.jp/emergency/

*¹⁹ Our world in data より作図 https://ourworldindata.org/coronavirus

*²⁰ Our world in data より作図 https://ourworldindata.org/coronavirus


写真:AP/アフロ

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

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