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2021.11.04 コラム

台湾有事をサイバー安全保障の観点から見る(第1回)
初代陸上自衛隊システム防護隊長 伊東寛

伊東 寛

最近、日本周辺がきな臭い。その中でも特に台湾周辺が騒がしい。中国は10月1日の国慶節以降4日間で、延べ149機という例を見ない数の航空機を台湾防空識別圏(ADIZ)に進入させている。デービッドソン前米太平洋軍司令官は、今後6年以内に中国は台湾に軍事侵攻する可能性が高いと警告している。あってはならないことについて考えておくのがインテリジェンスであり、国防というものであろう。しかも、台湾有事の可能性は次第に高まりつつある。今回は、この台湾有事をサイバー安全保障の観点から前編後編の2回にわけ考えてみたい。

前編ではその概要を述べ、後編で、より具体的な台湾有事におけるサイバー戦の様相を考えてみることにする。

戦い方は常に変化する。最近ではハイブリッド戦と言われる、言わば古くて新しい、明確に国際法違反を問われないギリギリのグレーな戦い方が行われている。これが一般的な理解である。

ハイブリッド戦は、これまで別々であった色々なものを混合して戦うということだが、実際には論者により定義に幅がある。我が国では、「いわゆるハイブリッド戦は、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになります。例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法が、ハイブリッド戦に該当すると考えています。(防衛白書令和2年版より)」とある。

つまり、武力で他国の領土を奪い取るのではなく、軍事を含むあらゆる手段を講じて現状を変更してしまう手法がハイブリッド戦であり、2014年のロシアによるクリミア半島の編入がその代表例である。中国の台湾侵攻は、一般に論じられているような海空軍を大規模に擁したあたかも第2次世界大戦のような戦闘にはならないのではないかと私は思う。また、中国は孫子の国である。戦わずして勝つことを最上とし、それを追求する。とすれば、中国の台湾侵攻は、非軍事が初期の手段となり、その主たる手段としてサイバー攻撃が利用されるのではないだろうか。もちろん、このような場合でも、最後は武装した兵力が地面に足を下ろさねば、自分のものにはならないので、そこは避けて通れない点である。

その意味において、中国の台湾進攻はすでに開始されている。「一つの中国」の原則を振りかざすことによる国際的枠組みから台湾を締め出す試みや、台湾周辺における活発な軍事活動はその一環である。今後、中国は台湾における施政権の行使という最終目的に向けて圧力を強めてくるであろう。その方法として、「ハイブリッド戦」を仕掛けてくることは確実である。

基本的には武力行使なしに台湾を奪取できれば中国にとって最善であろう。しかしながら、香港の「一国二制度」が、力ずくで有名無実とされた現状を見た台湾の人々が、そう簡単に中国の施政権を認めるとは思えない。武力を行使した場合、台湾軍が激しく抵抗することは確実であり、米軍の介入もあり得る。中国としては、ロシアのクリミア半島奪取のように、米軍に対応のいとまや口実を与えない行動を追求するであろう。実際の武力衝突に至るまでには、各種の段階があり、それぞれ何らかの兆候が考えられる。次回はサイバー安全保障分野におけるそれらの兆候やその影響についてより具体的な話をしたい。

 

写真:ロイター/アフロ

伊東 寛

工学博士
1980年慶応義塾大学大学院(修士課程)修了。同年陸上自衛隊入隊。技術、情報及びシステム関係の指揮官・幕僚等を歴任。陸自初のサイバー戦部隊であるシステム防護隊の初代隊長を務めた。2007年自衛隊退官後、官民のセキュリティ企業・組織で勤務。2016年から2年間、経済産業省大臣官房サイバー・セキュリティ・情報化審議官も務めた。主な著書に「第5の戦場」、「サイバー戦の脅威」、「サイバー戦争論」その他、共著多数。