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2021.10.01 コラム

新型コロナパンデミック:緊急事態宣言解除
東京慈恵会医科大学 浦島充佳

浦島 充佳

9月30日をもって東京都にとっては4回目となる緊急事態宣言が解除された。1月7日以降の9か月間、長きにわたり都民や多くの国民には制約が課されてきた。人々は安堵すると同時に人流がリバウンドし、患者数や重症者数が増えれば再び緊急事態宣言が発出されるのではないかという不安も口にする。

はたして緊急事態宣言は感染拡大抑止に対して効果があったのだろうか? この先感染拡大すれば躊躇なく緊急事態宣言を発出するべきなのか? 全国知事会は国民の外出を厳しく制限するロックダウン(都市封鎖)を国に緊急提言したが、本当に必要なのか?

タイムマシンで過去に戻り、緊急事態宣言を発出しなかった場合と比較しないと、上記疑問に対する正しい答えを導き出すことはできない。しかし、今冬、感染が再拡大した場合に備えて、緊急事態宣言の感染拡大抑制効果を評価しておくことは極めて大切だ。

そこで、昨年1月から今年9月いっぱいの東京都における新型コロナ感染症流行曲線(図1)を振り返ることで、緊急事態宣言発出の効果を検証したい。

ある人が感染して潜伏期間(1~14日)を経て発症し、医療機関を受診してPCR検査で新型コロナの確定診断を受け、さらに自治体-厚労省とデータが上申されて日々の感染者数に反映されるまでには数日を要する。したがって、緊急事態宣言が有効であれば、まず発出翌日より人流が8割など大幅に減少し、数日遅れて日々の感染者数が減少に転ずるはずだ。その場合にはじめて「緊急事態宣言が感染拡大を抑止するのに有効であった」とみなすことができる。一方、緊急事態宣言発出以前より人流が減っていれば、それは国民が自主的に行動変容を起こし、その結果感染抑止につなげたわけであり、緊急事態宣言の効果とはみなせない。

図1.東京都における新型コロナ流行曲線(著者作成)

感染者数、死亡者数はNHKのまとめたデータ[1]:ワクチン接種率はour world in data[2]; 飲食・娯楽の人流減少率はgoogle mobility data [3]より

[起]

2020年2月中旬、この時期、中国武漢からのツアー客と接点のある人など患者数は数えられる程度だった。それにもかかわらず、飲食・娯楽施設への人流が減り始めたのだ。最初のトリガー(きっかけ)は、ダイヤモンド・プリンセス号だったと私は推察する。クルーズ船は2月3日に横浜に帰港、4日に31人中10人が陽性と判明、その後も連日かなりの数のPCR検査陽性者が新たに確認され、救急車で搬送される様子がニュースで大きく報道された。船ごと検疫された14日間、「これから日本で何が起こるか?」について国民が自ら考え、意識と行動を変える時間となった。実際、国会議員や専門家委員会より国民のほうがマスクを先に着用していたくらいである。

さらに2月26日、安倍首相は全国的なスポーツや文化イベントの中止-延期-規模縮小、翌27日、全国の小中高臨時休校を要請。国民は行動変容せざるを得ない状況に追い込まれた。子供が家に居るとなると、親のどちらかは自宅でテレワークを余儀なくされる。3月に入り、お花見に大勢が出かけるなど人々の緊張感が一過性に緩むこともあったが、緊急事態宣言が発出される前の時点で飲食・娯楽への人流は既に半減していた。その結果、緊急事態宣言発出の数日前より新規感染者数は減少しはじめていたのである。国が求めていた人流8割削減には至らなかったが、5月後半には感染者数は静まった。以上を総合して考えると、第一波を収めたのは政府の発出した緊急事態宣言というよりは、国民の自主的な行動変容だったと言えよう。実際、昨年夏は感染者数が再び増加に転じたものの(第二波)、Go to travel キャンペーンも継続し、緊急事態宣言も発出することなく自然に収まった。

[承]

しかし患者数は秋に入り徐々に増え始め、年末には東京だけで千人を超えた(第三波)。三桁の大台にのったインパクトは大きかった。年末年始より飲食・娯楽への人流は急速に減少していった。その結果発症日ベースで流行曲線をみたとき、1月7日の2回目の緊急事態宣言を出す時までに患者数は減少しはじめていたのだ。よって2回目の緊急事態宣言も有効であったとは言えない。1回目同様、国民が自主的に行動変容を起こし、患者数減少の方向に導いた。冬、気管支炎や肺炎は重症化しやすいためか、多くの方が亡くなった。図で青い山に比し赤い山が大きく長引いているのが判る。

第四波は緊急事態宣言が解除される前からはじまっていた。感染力の強いアルファ(英国)株が主体である。従来のウイルスより感染力が高い。このときは大阪で流行が先行していたため、緊急事態宣言に同期して都民の行動は抑制された。そして、東京では大阪ほど大きな波にならずに済んだ。よって、私は三回目の緊急事態宣言は有効だったと評価する。

5月より65歳以上の高齢者にワクチン接種がはじまった。ワクチン開発国より3か月遅れた。

[転]

7月に入り日本、特に東京においてインドで発見されたデルタ株が急速に蔓延しはじめた。デルタ株は感染力[4]と重症化率[5]が高く、若干ではあるがワクチンも効きにくい[6]。その影響で今までのどの波よりも感染拡大のスピードが速い。瞬く間に医療はひっ迫し、肺炎による低酸素症があっても入院できないコロナ患者が市中にあふれた。4回目の緊急事態宣言を発出するもむなしく、人流抑制にはほとんど効果がない。そんな中、東京2020オリンピックパラリンピックが7月23日より無観客ではじまった。世界250か国より数万人規模でアスリート、大会関係者、メディアが日本に入国したのである。火に油を注ぐ格好だ。

しかし、オリパラの影響はほとんど無かった。患者数はオリンピックがきっかけで増えたというよりは、開始前より増え始めていた。そして、オリンピック中も同じペースで増え続けた。しかし、8月中旬、5534人をピークに突然減少に転じたのである。8月24日よりパラリンピックが始まったが、それとは無関係に減少の一途をたどった。そして9月末には日々の感染者数は200人前後、病床ひっ迫も急速に改善され、緊急事態宣言は解除された。

[結]

ワクチン接種が第五波を抑えたのは誰の目にも明らかだった。第三波のときは感染者に対し死亡者の山が大きいが、第五波では感染者の波の大きさに比し死亡者の波が小さい。これには、7月末までに希望する高齢者に対してワクチン接種がほぼ終了していたことが大きい。何故ならコロナで死亡リスクの高い高齢者をまずワクチンで守ることができたからである。また8月後半、中年や若い世代にもワクチン接種が拡大したことも患者数のピークアウトに貢献した。7月12日に緊急事態宣言が発出された。しかし、第五波では第一波や第三波のときほど人流は減っていない。人々の不安や恐怖の閾値が上がってきたからに他ならない。それにもかかわらずピークアウトしたということは、緊急事態宣言が有効だったとは考えにくい。

それではワクチン接種が広まれば緊急事態宣言は不要でマスクも必要ではなく、コロナ前の生活に戻れるのだろうか? 私はそうは思わない。

日本は2回接種が60%、少なくとも1回接種が70%に達した。最近、アメリカを追い抜いた(2回接種が55%、少なくとも1回接種が64%)。アメリカは患者数減少により、かなり早い段階でマスクなどの規制を緩めた。ところが、6月以降のデルタ株流行で人口100万人当たりの発症率、死亡率共に急増し、今大変なことになっている(図2)。マサチューセッツ州郊外で開催された夏のイベントで469人の集団感染があり、346人(74%)はワクチン接種済であった[7]。2回のワクチン接種では不十分と気づいたときは「時遅し」であったのだ。

イスラエルやイギリスもワクチン接種が早期より進みコロナを収束させつつあったが、デルタ株の出現で状況は振り出しに戻った。発症率は増え、アメリカほどではないが死亡率も増えたのである。イスラエルでは8月のオーバーシュートを受け、3回目のブースター接種を開始した。9月半ばよりおそらくブースター効果で発症率が、続いて死亡率も減り始めた。

シンガポールでは2回接種が77%、少なくとも1回接種が79%であるが、患者数、死亡率は9月に入って急増しており日本を抜いた。患者数が増えれば、ワクチンで重症化をある程度抑えることはできるが、死亡をゼロにできるわけではない。そのため患者数が急増すれば重症者や死亡者もある程度増える。第五波を超える高波が来れば再び病床はひっ迫する。前回も書いたがデルタ株に対してはワクチン接種率が9割を超えないと集団免疫が効き難い。シンガポールはその証左と言えよう。

日本のワクチン接種の現場にいると、接種率が減速する兆しが見えてきている。そのため、11月に入ると接種のペースは急に鈍ることが予想される。おそらく8割を超えることはあっても9割に達することはないであろう。そうであればシンガポールの今は日本の冬を映し出しているのかもしれない。8カ月を待たずして、例えば11月より3回目のブースター接種をはじめるべき。私はそのように考える。

図2.ワクチン接種先進国の発症率(左)、死亡率(右)の推移(Our world in data より[8]

9月29日(水)、自民党総裁選挙の結果、岸田文雄前政務調査会長が河野太郎規制改革担当大臣を抑えて新しい総裁に選出された。10月4日に国会で行われる総理大臣指名選挙を経て、第100代の総理大臣に就任する見通しだ。岸田氏はコロナ対策4本柱の1つに「感染症有事対応の抜本的強化」を掲げ、公衆衛生上の危機発生時に、国・地方を通じた強い司令塔機能を有する「健康危機管理庁(仮称)」と「臨床医療」、「疫学調査」、「基礎研究」を一体的に扱う「健康危機管理機構(仮称)」を創設し、公衆衛生分野の危機管理能力を抜本的に強化する方針を示している[9]

私は国が緊急事態宣言発出による人流抑制にこだわり過ぎ、ワクチン接種開始が遅れたことが現状を引き起こしたと考える。新しい政権に大いに期待したい。


[1] 都道府県ごとの感染者数の推移https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data-widget/#mokuji1

[2] https://ourworldindata.org/explorers/coronavirus-data-explorer?zoomToSelection=true&time=2020-03-01..latest&facet=none&pickerSort=asc&pickerMetric=location&Metric=Confirmed+cases&Interval=7-day+rolling+average&Relative+to+Population=true&Align+outbreaks=false&country=USA~GBR~CAN~DEU~ITA~IND

[3] https://www.google.com/covid19/mobility/?hl=ja

[4] Delta Variant: What We Know About the Science. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/variants/delta-variant.html

[5] Twohig KA, Nyberg T, Zaidi A, Thelwall S, Sinnathamby MA, Aliabadi S, Seaman SR, Harris RJ, Hope R, Lopez-Bernal J, Gallagher E, Charlett A, De Angelis D, Presanis AM, Dabrera G; COVID-19 Genomics UK (COG-UK) consortium. Hospital admission and emergency care attendance risk for SARS-CoV-2 delta (B.1.617.2) compared with alpha (B.1.1.7) variants of concern: a cohort study. Lancet Infect Dis. 2021 Aug 27:S1473-3099(21)00475-8. doi: 10.1016/S1473-3099(21)00475-8.

[6] Lopez Bernal J, Andrews N, Gower C, Gallagher E, Simmons R, Thelwall S, Stowe J, Tessier E, Groves N, Dabrera G, Myers R, Campbell CNJ, Amirthalingam G, Edmunds M, Zambon M, Brown KE, Hopkins S, Chand M, Ramsay M. Effectiveness of Covid-19 Vaccines against the B.1.617.2 (Delta) Variant. N Engl J Med. 2021 Aug 12;385(7):585-594. doi: 10.1056/NEJMoa2108891.

[7] Brown CM, et al. Outbreak of SARS-CoV-2 Infections, Including COVID-19 Vaccine

Breakthrough Infections, Associated with Large Public Gatherings —

Barnstable County, Massachusetts, July 2021. Morbidity and Mortality Weekly Report. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/pdfs/mm7031e2-H.pdf

[8] https://ourworldindata.org/coronavirus

[9] https://kishida.gr.jp/sousaisen/

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。