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2021.09.01 コラム

新型コロナパンデミック:終盤戦に向けての戦略
東京慈恵医科大学教授 浦島充佳

浦島 充佳

東京の新型コロナPCR検査陽性者数は月13日(金)の5,773人をピークに減少に転じた。全国の陽性者数もまた、7日遅れで25,852人をピークに減少傾向にある。ワクチン接種率も8月31日時点で1回接種者が56.2%、2回接種者が45.1%に達した。このペースで接種者数が増えれば11月中には接種完了者が7割を超えるだろう。その結果、患者数は減少し、病床のひっ迫も緩和され、緊急事態対宣言や蔓延防止措置も解除でき、経済活動も復活する。

しかし、接種率が7割以上に上がれば新型コロナは本当に収束するのだろうか?

ワクチン接種が進んでいる国、遅れている国で比較してみれば答えがみつかるかもしれない。まずは8月29日時点での新型コロナワクチン接種完了率(2回、ジョンソンエンドジョンソンのワクチンは1回)(以降「接種完了率」と呼ぶ)と同日人口100万人当たりの7日間移動平均新型コロナPCR陽性者数(以降「陽性者数」と呼ぶ)の関係を、最新の接種完了率データが報告されている73か国の間で比較してみた(図1)。両者の間には全くと言ってよいほど相関が無かった。つまり接種完了率が上がったからといって、陽性者数が減少するわけではないことを示唆しているのだ。故に、ワクチン接種率を上げても感染は収束しない。実際、接種完了率が日本より高いイスラエル、イギリス、アメリカで患者数が急増している。

図1.各国新型コロナワクチン接種完了率と新型コロナPCR 陽性者数(人口100万人当たり7日間移動平均)の関係(8月29日時点のデータから著者が作成)

日本のデータをみると、陽性者数がピークアウトしたとはいえ減少速度は緩やかである。昨年の夏も緊急事態宣言が5月末に解除されてから徐々に増え、お盆休み前に自然と減少に転じた。そのメカニズムは不明のままだ。このときと同じパターンだとすると、秋以降学校が始まるのと同期して増加する可能性を想定しておかなくてはならない。

事態を複雑にしているのはデルタ株の出現だ。昨年流行していたオリジナル株は1人が平均2~3人に感染させていた。昨年末よりイギリスで発見されたアルファ株が出現し、日本の第四波の主役を成した。そして現在、世界で流行する新型コロナの大部分はインドで発見されたデルタ株に置き換わってしまった。感染力の強いものに置き換わるのは当然の帰結である。

デルタ株に感染した1人の患者は平均5人に感染させる(R0 = 5)(※1)(※2)。最近、学童の先生から感染した小学生が母、兄、弟(※3)に広げたクラスターを小児科外来で抗原検査により見つけた。昨年までは親から子にうつることはあっても逆は少なかった。医療現場の第一線にいると感染力が強さとそのパターンの変化を実感する。小学生以下の子供たちが学校や保育園で感染して家に持ち込むケースが増えているとすれば、インフルエンザの感染拡大と同じパターンだ。まだ効果と安全性を示すデータが無いのが悩ましいが、ワクチン接種対象を12歳未満に適応拡大することも必要になってくるかもしれない。少なくとも学校の教員や保育士の予防接種完了率を可及的速やかに引き上げるべきだ。

基本再生産数(R0) = 5とはどの程度の感染力か?水疱瘡に罹っている子供がワクチン未接種で罹ったことのない子供に濃厚接触すれば十中八九感染する(※4)。よって水疱瘡より感染力は弱いがインフルエンザより強いということだ。

感染症数理モデルから考えるとR0が5の感染症に対しては1 – 1/5 = 0.8 で80%以上が集団免疫を持つことにより実行再生産数を1未満に下げることができる。つまりオーバーシュートし難くなる。デルタ株に対するファイザーあるいはモデルナ製ワクチンの有効率が88%(※5)だとすると、0.8/0.88 = 0.91で国民の90%以上のワクチン接種が必要となる。そうであれば、全ての年齢層がワクチン接種の対象となってくる。アストラゼネカの有効率が67%であれば、0.8/0.67 = 1.19 で100%の国民が接種を完了したとしても流行を阻止することはできない。デルタ株に合わせてワクチンRNAに修正を加える必要があるだろう。

新型コロナに感染すると抗体などの免疫を獲得できるため感染しなくなる。しかし、これも完璧ではない。感染回復後数か月もするとこの抗体が消失することがあるからだ。新型コロナに感染すれば、2度目の感染リスクは9割減る(※6)。しかし、ゼロになるわけではない。

もしも接種あるいは罹患後しばらくするとコロナに対する獲得免疫が低下してくるとすれば、あるいはデルタ株以上に感染力が強く、尚且つワクチンが効き難い新たな変異株が登場すればどうだろう?だいたい数カ月間隔で感染力のアップした変異株が登場するとすればそろそろだ。国民の9割以上が接種を完了するか新型コロナに感染したとしても感染を収束させるのは難しい。

そもそも、9割以上ワクチン接種することは可能なのだろうか?先進7カ国間で接種率の推移を比較してみた(図2)。日本は後塵を拝する恰好だ。しかし、先陣を切ったアメリカの接種率は40%を超えたところより鈍化し、現在5割を少し超えたところで頭打ちだ。他国も4~6割を超えたところで鈍化している。そのため、今は日本の接種率は他国を猛追しているように見えるがどこで失速するかは判らない。日本の国民性から接種完了率は6割まで到達するかもしれない。しかし、これでは新型コロナは収束しない。

図2.ワクチン接種完了率の推移(※7);G7の中で一番で遅れたのは日本だが、9月中にアメリカを追い抜くだろう。しかし、他の国々に追いつけるかは不透明だ。

新型コロナに罹患しても多くの患者は軽症である。そこで患者数が増えても重症化する人が相対的に減少すれば医療体制がひっ迫しなくなる。死亡率がインフルエンザと同等であれば、安心だ。社会経済活動もコロナ前に戻るかもしれない。

では各国のワクチン接種率と新型コロナによる死亡率の関係はどうであろうか(図3)? 相関係数マイナス0.35と弱い相関を示した。つまり、ワクチン接種率が上がれば死亡率は減るのだ。このことは、ワクチン接種率を上げることが医療体制のひっ迫を予防するであろうことを示唆している。

だが、統計学的に有意な相関を認めたものの決して強い相関ではない。例えばアメリカは半分以上の国民がワクチン接種を完了したが人口100万人当たりの死亡率は日本より高いし、一方で台湾では僅かに3.6%が接種を終えた程度に過ぎないが死亡率は日本より低い。マレーシアのワクチン接種完了率は日本と同じだが、死亡率は高い。よってワクチン接種率が上がれば医療のひっ迫は解消されるという単純な一次方程式は成り立たない。

図3.各国新型コロナワクチン接種率と新型コロナ死亡者数(人口100万人当たり7日間移動平均)の関係(8月29日時点のデータから著者が作成)

ワクチン接種が完了すれば安全・安心か?海外では接種証明をスマホで提示すればマスク無しでイベントに参加でき、あるいはレストランに入れる国もある。本当に大丈夫だろうか?

ワクチン接種済の1,497人において39人(2.1%)がブレイクスルー感染した[8]。この39人には以下の興味深い特徴が確認された。

  • 血清抗体価の低い人でブレイクスルー感染が多い;接種後時間が経つと感染し易くなる。
  • 軽症か無症状である;感染したとしても病床をひっ迫させ難い;ただし本論文の対象は40代の医療従事者であった;マサチューセッツ州郊外で開催された夏のイベントで469人の集団感染があり、346人(74%)はワクチン接種済であった(※9)。5人が入院したが4人はワクチン接種完了者であった。よってワクチン接種により入院リスクは下がるがゼロになるわけではないことを念頭に置くべき。
  • 他者に感染させたものは居なかった;R0 は5ではなく、1未満と考えるべき。
  • しかし、19%は6週間以上症状が続いた(いわゆるロングCovid-19はあり得る)

要するにワクチンを接種しておけば、仮に罹患したとしても軽症で済むし、他者に感染させ難い。そのため、現時点でできる最も効果的な方法はやはりワクチン接種を推進するという結論になる。しかし約2割の感染者に長期に症状が残るとすれば、国力に及ぼす影響は極めて大きい。ワクチン接種拡大でより安全にはなるが、後遺症が5人に1人残ることを考えると安心はできない。まだしばらくはマスクなしの生活には戻れないということだ。何かプラスアルファの戦略を考えるべきだ。

イスラエルの研究チームはワクチン接種完了間もない人々と数カ月経た人々を比較したとき、後者の方で感染リスクが高いことを見出した(※10)。このことは、ワクチンの予防効果が数か月で減衰することを示唆している。さらにオクスフォード大学の研究チームはアストラゼネカ製ワクチンを2回目の接種を8カ月後など遅らせる、あるいは3回目を追加(ブースター)接種すると新型コロナに対する獲得免疫力がかなり高まることを確認した(※11)。この科学的エビデンスは、B型肝炎、4種混合、日本脳炎ワクチンのように2~3回続けて接種して5か月後ないし1年後などに追加接種するやり方と同じだ。

イスラエル、トルコ、ウルグアイ、チリ、セルビアでは3回目のブースター・ワクチンの接種が既に始まっている。アメリカでも9月20日からワクチン接種を完了して8カ月以上経った医療従事者や高齢者などを対象にブースター・ワクチン接種を開始する(※12)。イギリス、フランス、ドイツも重症化リスクの高い人たちをターゲットに9月から開始する可能性がある。

一方、8月4日WHO のテドロス事務局長は「各国政府がデルタ株から自国民を守りたい気持ちも判る。しかし、世界では弱い立場にある多くの人々が接種を終えていないのに、多くの人々が接種し終えている国々で3回目の接種を追加することを承服できない」と述べ、全ての国が国民の少なくとも10%を接種し終える9月末まで待つよう書簡を送った(※13)

本日(8月31日)ワクチンを担当する河野大臣は、3回目の接種が必要になった場合でも、まずは2回の接種の完了を優先する考えを示しつつも、「アメリカと同じ接種間隔となると、医療従事者は11月以降、高齢者は来年の2月以降となる」と述べた。

6月9日の国会党首討論で菅総理大臣は、「新型コロナウイルスのワクチン接種について、希望する人すべてが、10月から11月にかけて終えられるよう取り組む」と述べている。一方、8月25日に開催された緊急事態宣言の記者会見の際、「…国内治験をやって、結果として3か月ぐらい他の国と、ヨーロッパとか、ワクチンの先進国というのですか、ワクチンを作っている国から遅れてきたというふうに思います…」と述べている。3か月早くワクチン接種を開始していればデルタ株の流行が始まる前に相当数の国民がワクチン接種を終えていたであろう。患者数はある程度増えたかもしれないが、医療も今のようにひっ迫はなく、多くの人は命を落とさずにすんだのではないだろうか? 大いに悔やまれる。

以上から「10月から11月にかけて希望する人全てが接種を終えるのであれば、接種状況を見ながら並行して3回目のブースター・ワクチンの接種を開始するべきだ」と私は考える。危機管理で科学的知見が出そろうまで待っていたのでは遅すぎる。


※1:Liu Y, Rocklöv J. The reproductive number of the Delta variant of SARS-CoV-2 is far higher compared to the ancestral SARS-CoV-2 virus. J Travel Med. 2021 Aug 9:taab124. doi: 10.1093/jtm/taab124. Epub ahead of print. PMID: 34369565.

※2:Delta Variant: What We Know About the Science https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/variants/delta-variant.html

※3:その家庭で最初に罹患した小学生は発熱した際受診した別のクリニックで熱中症と診断されている。どんなに名医であっても症状だけからコロナ感染か別の原因かを鑑別することはできない。父親は検査結果待ち。

※4:https://www.cdc.gov/chickenpox/index.html

※5Miller E, Waight PA, Andrews NJ, McOwat K, Brown KE, Katja H, Ijaz S, Letley L, Haskins D, Sinnathamby M, Cuthbertson H, Hallis B, Parimalanathan V, de Lusignan S, Lopez-Bernal J. Transmission of SARS-CoV-2 in the household setting: A prospective cohort study in children and adults in England. J Infect. 2021 Aug 1:S0163-4453(21)00380-7. doi: 10.1016/j.jinf.2021.07.037.

※6Lumley SF, O’Donnell D, Stoesser NE, Matthews PC, Howarth A, Hatch SB, Marsden BD, Cox S, James T, Warren F, Peck LJ, Ritter TG, de Toledo Z, Warren L, Axten D, Cornall RJ, Jones EY, Stuart DI, Screaton G, Ebner D, Hoosdally S, Chand M, Crook DW, O’Donnell AM, Conlon CP, Pouwels KB, Walker AS, Peto TEA, Hopkins S, Walker TM, Jeffery K, Eyre DW; Oxford University Hospitals Staff Testing Group. Antibody Status and Incidence of SARS-CoV-2 Infection in Health Care Workers. N Engl J Med. 2021 Feb 11;384(6):533-540. doi: 10.1056/NEJMoa2034545.

※7:Our World in Data より作成(8月31日にアクセス)https://ourworldindata.org/explorers/coronavirus-data-explorer?zoomToSelection=true&time=2020-03-01..latest&facet=none&pickerSort=asc&pickerMetric=location&Metric=People+fully+vaccinated&Interval=7-day+rolling+average&Relative+to+Population=true&Align+outbreaks=false&country=USA~GBR~CAN~DEU~ITA~FRA~JPN

※8:Bergwerk M, Gonen T, Lustig Y, Amit S, Lipsitch M, Cohen C, Mandelboim M, Gal Levin E, Rubin C, Indenbaum V, Tal I, Zavitan M, Zuckerman N, Bar-Chaim A, Kreiss Y, Regev-Yochay G. Covid-19 Breakthrough Infections in Vaccinated Health Care Workers. N Engl J Med. 2021 Jul 28:NEJMoa2109072. doi: 10.1056/NEJMoa2109072.

※9:Brown CM, et al. Outbreak of SARS-CoV-2 Infections, Including COVID-19 Vaccine

Breakthrough Infections, Associated with Large Public Gatherings —

Barnstable County, Massachusetts, July 2021. Morbidity and Mortality Weekly Report. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/pdfs/mm7031e2-H.pdf

※10:Mizrahi B, et al. Correlation of SARS-CoV-2 Breakthrough Infections to Time-from-vaccine; Preliminary Study.  https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.29.21261317v1.full.pdf

※11:Flaxman A, et al. Tolerability and Immunogenicity After a Late Second Dose or a Third Dose of ChAdOx1 nCoV-19 (AZD1222). https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3873839

※12:Joint statement from HHS public health and medical experts on COVID-19 booster shots. Department for Health and Human Services. https://www.hhs.gov/about/news/2021/08/18/joint-statement-hhs-public-health-and-medical-experts-covid-19-booster-shots.html

※13:WHO Director-General’s opening remarks at the media briefing on COVID-19—4 August 2021. https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-4-august-2021

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

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