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2021.08.02 コラム

データで迫る新型コロナ対策:ワクチンか人流抑制か?
連載コラム‐新型コロナウイルスの最前線から‐第1回( 東京慈恵医科大学教授 浦島充佳)

浦島 充佳

データ1:第五波の死亡者数が少ない理由

7月31日(土)、東京都内で新型コロナ感染者数が4,058人に達した。いつもなら土日月と数は減るのに過去最多だ。7日間平均は前週の2倍以上である。このペースで増え続けると近く1万人に達する日もあるだろう。急増の要因の1つとして、感染力を増したインドで確認されたデルタ株の蔓延がある。イギリスで発見されたアルファ株は従来のものより感染力が強く、デルタ株ではさらに強いとすれば感染拡大のスピードが増すのは当然だ。さらに感染力を増した新しい変異株が出現すれば、そしてワクチンの効果が薄れれば、最悪のシナリオとなるかもしれない。

一方、重症者、死亡者はまだ増えてはいない。現状をどうみるか?まずは東京都の感染症流行曲線を振り返ってみたい(図1)。図のように数えると今回は第五波にあたる。感染者数のピークの高さと死亡者数のピークの高さが必ずしも一致していないのが判る。春に発生した第一波と第四波では1日当たりの死亡者数マックスは同程度。一方冬に発生した第三波では感染者数のピークも大きかったが、死亡者数のピークも非常に大きかった。一方、夏に発生した第二波と第五波では患者数の割に死亡者数のピークが低いようにみえる。感染者数のピークから1か月遅れで死亡者数のピークが訪れることを考えると、第五波による死亡者数への影響はこれからだ。つまり8月後半、医療がひっ迫し、死者数が増える可能性がある。しかし、感染者数急増の割に死亡者数の増えが一定程度に留まるとすれば、それはどういう理由が考えられるだろうか?1月など冬に肺炎が重症化しやすい。だが、以下の三段論法の方が考えやすい。

✓新型コロナでは高齢者で死亡率が高い

✓65歳以上の高齢者を中心としたワクチン接種が進んでいる

✓よって感染者数の割に死亡者数が増えていない

図1.東京都における感染症流行曲線(NHKデータを基に著者が作成)

2020年1月16日から2021年7月31日まで。紺=東京の1日の感染者数、紫=東京の1日の死亡者数

データ2:2回目ワクチン接種率が低い地域は感染率が高い

そこで7月31日時点での各都道府県における全人口あるいは65歳以上高齢者の1回目、2回目ワクチン接種率(%)と7月31日の人口100万人当たりの感染者数、死亡者数を比較してみた。

高齢者への2回目の予防接種率が78%を超える県で7月31日に亡くなった人はいなかった。もちろん64歳以下でも重症化するので65歳以上だけに接種をしても安心はできない。しかし、まず高齢者2回目接種は8割以上を目標にするべきであろう。

7月31日の各都道府県感染者数と最も強い相関を示したのは全人口の2回目ワクチン接種率だった。その散布図を示す(図2)。ワクチン接種率が高ければ高いほど感染者数が少ないのがよく解る(相関係数0.66)。これは期待通りの結果でワクチンが感染拡大を抑えている証拠だ。接種率ワースト7は沖縄(19.2%)、栃木(20.8%)、埼玉(21.0%)、東京(21.1%)、千葉(21.8%)、大阪(22.5%)、神奈川(22.6%)だ。感染者数のワースト7と一致する。一方、山口(33.7%)、佐賀(33.6%)、山形(33.4%)、高知(32.6%)、和歌山(32.3%)、徳島(30.7%)、熊本(30.4%)の7県では接種率が30%を超え、感染者数も少ない。30日菅首相は「8月下旬には接種完了者が全国民の4割を超えるよう全力を尽くす」と表明した。このことが本当に実行されれば秋になれば感染は落ち着いてくるはずだ。

データは我々の今成すべきことを語っている。この結果から言えることは、まず沖縄と関東、大阪のワクチン接種率を上げるべきである。もしもワクチンの数が限られているのであれば、これらの都府県にワクチンの在庫を集めるべきだ。

図2.各都道府県の2回目ワクチン接種率と人口当たり感染者数の関係(NHKデータ を基に著者が作成)

データ3:人流が減っても感染率は下がらない

政府は東京と沖縄の緊急事態宣言を8月31日まで延長し、かつ新たに埼玉、千葉、神奈川、大阪の4府県に8月2日から31日まで緊急事態宣言を発令すると発表した。これに伴い、緊急事態宣言下にある東京都と沖縄県と合わせ、計6都府県に拡大する。北海道、石川、兵庫、京都、福岡の5道府県では、まん延防止等重点措置が適用される。飲食店に行くのを控え、在宅勤務を推奨している。果たして人流を抑えることで感染拡大を抑えられるのだろうか?グーグルが提供する7月28日(水)の47都道府県の人流データと7月31日の人口100万人当たりの感染者数の散布図をとってみた。グーグルは人流データを小売店と娯楽施設、食料品店と薬局、公園、公共交通機関、職場、在宅に分けている。最も相関の強かった在宅の変化率と感染者数との関係を示す(図3)。驚いたことに在宅率が上がれば上がるほど感染者数も増えている。しかも相関の程度はかなり高い(相関係数:0.78)。これは想定とは逆の結果だ。また、小売店と娯楽施設、食料品店と薬局、公園、公共交通機関への人流が減った都道府県ほど感染者数は多かった。これも想定とは逆の結果である。思うに、東京など自分の住む地域で急増した患者数をニュースで知り、人々が自主的に外出を控えたのだろう。これは「卵が先か鶏が先か?」の問題で、「人流が制限すれば感染者数が減る」のではなく、「感染者数が増えれば、人々が行動を変容させる」ということだ。その結果、人流が減り、しばらくして感染も落ち着いてくる。この1年半はそれの繰り返しであった。

図3.各都道府県の在宅の変化率(%)と人口当たり感染者数の関係(グーグルが提供するコミュニティ モビリティ レポートデータ を基に著者が作成)

イギリスのジョンソン首相はデルタ株による感染爆発が起こる中、「我々は過去には戻らない」と宣言して、ロックダウンをするどころか逆に制限を解除した。人流抑制ではなくワクチンを選択したのだ。それでも解除した直後より感染者数は減少に転じた。7月30日時点で、ワクチンを2回接種したものは57%、1回など不十分なものは13%、およそ7割の国民が少なくとも1回はワクチン接種を済ませている。ワクチンは発症を防ぐが、軽症例よりは入院を要する重症例や死亡例をより減らす効果がある。その結果、感染者数の割に死亡者は増えていない。1月のときの感染爆発とは大きな違いだ。

限られたリソース、すなわちワクチン、病床、ヒト、時間、予算をデータ分析に基づきどう戦略的に使うか。これが明暗を分けた。私はそのように感じている。

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

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