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2023.10.13 外交・安全保障

プリゴジン搭乗機の墜落、「最期の34秒」に何があったのか
「英雄の死」か「反逆者の抹殺」か(1)

木村 康張

 8月23日午後6時過ぎ、ロシアの民間軍事会社・ワグネル創設者のプリゴジンが乗った自家用ジェット機がモスクワ北西で墜落、ロシア当局はプリゴジンを含む乗客乗員10名の全員死亡を発表した。ワグネルはロシア連邦軍と共にウクライナを侵攻していたが、プリゴジンは無能なロシア国防省高官を排除するためとして、6月24日に事実上の「武装蜂起」を起こした。プーチン大統領はプリゴジンを裏切り者と批判、墜落はその2カ月後に起きた。本稿では、プリゴジン搭乗機の墜落は「事故」か「暗殺」か、プリゴジンに対する市民やプーチンの評価はどう変化し、その死がロシアにどのような影響を与えているかについて、2回に分けて考察する。

 墜落したプリゴジン搭乗機には、ワグネル戦闘員の編成や作戦の総責任者であるドミトリー・ウトキン元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)特殊部隊中佐、民間事業部門やアフリカ事業の総責任者であるヴァレリー・チュカロフ元海軍経理補給士官が同乗していた。彼らは墜落の直前、アフリカからモスクワに戻ってきていた。墜落が「事故」か「暗殺」かを判断するには、まずプリゴジンらがモスクワに戻ってきた理由を考える必要がある。

 ロシア国営タス通信によると、墜落翌日の8月24日、プーチン大統領はウクライナ東部のドネツク州親露派武装勢力と会談し、「彼(プリゴジン)は昨日(23日)アフリカから帰国したばかりだ。ここで何人かの『当局者と会談』した」と発言した。つまりこの会談は事故当日に行われたことになる。プリゴジンは誰と何について話したのか。

 一部のロシア独立系メディアは、彼らは事故当日の午後、「モスクワ市当局者と(プリゴジンが事業を手がける)学校給食の契約についての会談を行った」と報じている。「当局者との会談」とは、彼らとプリゴジンが市当局者と会談したことを指すようにも思える。しかし、目的が学校給食の契約であれば、民間事業部門の総責任者であるチュカロフのみで十分なはずだ。

 プリゴジンらが行った「当局者との会談」は、給食の件ではなく、ワグネルのトップ3名がアフリカからモスクワに直行しなければならない緊急の議題であったとみるのが自然だ。あるいは、プーチンの意を汲んだ当局者が、トップ3名を一挙に排除するため、緊急性のある話題を「餌」に、3名を呼び寄せた可能性も否定できない。

墜落直前の不可解な挙動

 プリゴジン搭乗機墜落時の状況にも不可解な点がある。同機は、墜落直前の34秒間に急激な上昇・降下を行っている。この動きは何を意味するのか。

 航空機の飛行情報を提供する民間サイト「フライトレーダー24」によると、プリゴジン搭乗機は、離陸後に上昇を続け、午後5時54分に高度8500メートルで水平飛行に入った。同機は、午後6時19分40秒にいったん高度を下げた後、高度9100メートルまで急激な上昇を行い、その後、上昇と降下を繰り返した後、急激な降下に入って午後6時20分14秒の高度6000メートルを最後にデータ送信が途絶えて墜落している(図1)。

 墜落の状況を地上から撮影した映像では、空中で白煙が上がり、機体はフラットスピン(水平回転)し、尾翼、エンジン、右主翼が脱落した後、機首から地面に激突して爆発・炎上している。空中で機体が破壊される大規模な空中爆発や対空ミサイルによる撃墜であれば、その瞬間に機体がバラバラになり、映像のような状況は起きない。

 通常、機体やエンジンの故障、機内火災などが発生した場合、操縦士は高度を下げつつ、最寄りの飛行場へ緊急着陸を試みる。今回の事案は、何らかの異変が機体に発生し、操縦士が回復あるいは回避のため急激な上昇と降下を繰り返したため失速し、機体がフラットスピンに入って操縦不能となり、徐々に空中分解して墜落した可能性がある。

 墜落した機体「エンブラエル・レガシー600」は、エンジンの冷却システムが故障したため、7月20日から8月19日までモスクワのシェレメーチェボ空港で整備作業を行っていたとされている。そのためプリゴジンは、8月18日からのアフリカ訪問と23日のモスクワ帰国には、客室乗務員が搭乗しない小型の「BAe 125ホーカー800」を使用している。

 だが、墜落当日までにエンブラエル・レガシー600の整備は終わっていたようだ。ニューズウィーク紙によると、同機の客室乗務員が墜落の数日前にサンクトペテルブルクからモスクワへ移動している。プリゴジンらは、モスクワでの会談後、ワグネル本部があるサンクトペテルブルクに移動するため、客室が広いエンブラエル・レガシー600が準備された。従って、整備不良による墜落は考えにくい。

 ロシアの大衆紙モスコフスキー・コムソモレツによると、このエンブラエル・レガシー600は、以前から売却する方向で話が進んでいた。そして墜落当日の23日朝、同機の買い手の代表者を名乗る2人が空港を訪れ、副操縦士の付き添いの下で同機を数時間検査したという。検査の際、副操縦士に気付かれないように彼らが機体に何らかの工作を施したとも考えられる。

 以上の状況を整理すると、墜落原因について一つの仮説が浮かんでくる。

 プーチン政権は、ワグネルのトップ3名を確実に抹殺するため、 (1)「ワグネルのアフリカ事業に関連する協議」と称してトップを招集し、(2)モスクワからサンクトペテルブルクへの帰路に使用する航空機に工作を施し、(3)機内に何らかの衝撃か誤警報を発生させて操縦士に急激な回避運動を行わせて機体のフラットスピンを誘発、墜落事故を擬装した——という見立てだ。つまり、「暗殺」の可能性が高い。

 しかし、プリゴジンは「プーチンの料理人」と呼ばれるほど、プーチンとの関係は近かった。それがなぜ暗殺に至ったのか。次回はその背景を探っていく。

提供:Gray_Zone/UPI/アフロ

第2回に続く)

木村 康張

実業之日本フォーラム 編集委員
第29期航空学生として海上自衛隊に入隊。航空隊勤務、P-3C固定翼哨戒機機長、米国派遣訓練指揮官、派遣海賊対処行動航空隊司令(ジブチ共和国)、教育航空隊司令を歴任、2015年、第2航空隊(青森県八戸)司令で退官。退官後、IT関連システム開発を業務とする会社の安全保障研究所主席研究員として勤務。2022年から現職。

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