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2022.10.20 コラム

高齢社会の日本が「コロナ禍超過死亡率」を世界で最も低く抑えた理由を探る

浦島 充佳

 新型コロナウイルス感染症による死亡は高齢者に多い。そして、日本は世界一の高齢者大国だ。当然コロナ禍の超過死亡率は日本が高くなることが予想された。しかし、結果は逆、すなわち日本はコロナ禍超過死亡率を最も低く抑えた国となったのだ。このパラドックスをどのように説明できるだろうか。

WHOはコロナ禍超過死亡数1500万人と報告した

 WHOは超過死亡を計算して「2020年1月から21年12月までの2年間で新型コロナのパンデミックにより1千5百万人が死亡した」という衝撃の数字を発表した[1]。これは新型インフルエンザである香港風邪やアジア風邪よりはるかに多い数字である。2022年のオミクロン株の影響を加えると悪名高いスペイン風邪に迫るものとなるだろう。

 一方、各国からWHOに日々報告される新型コロナによる死亡数の同期間累積は540万人だった。よって、1千万人近くが過少報告されたことになる。何故、超過死亡と実際の報告数の間にこんなに大きなギャップが生まれたのだろうか?

コロナ禍超過死亡とは?

 分析をする前にコロナ禍超過死亡の説明をしたい。「コロナ禍超過死亡数」とは、コロナ前の国の死亡者数のトレンドから新型コロナが流行しなかったと仮定したときに予測される2年間の死亡数を計算し、実際の全ての原因による総死亡数から差し引きした人数だ。これを人口10万人当たりに換算すればコロナ禍超過死亡率となる。一方、「コロナ死亡数」は各国でPCR検査陽性者が死亡したときのみカウントされる。

 超過死亡数の中には、医師が新型コロナによる死亡として届け出た数だけではなく、本当は新型コロナで亡くなったにもかかわらず他の死因として届けられたケース、医療機関を受診できずに死亡したケース、新型コロナの流行により病院が逼迫して普段なら救える患者を救えなかったケースなどが含まれる。そのため、新型コロナウイルス感染報告数より大きくなる傾向にある。一方、コロナの流行によりインフルエンザなどコロナ以外の感染症死が減る、多くの人が外出を控えたため交通事故死が減るなどすれば超過死亡がマイナスになることも考えられる。

 よってコロナ禍超過死亡率が高い国は感染症危機に対して医療システムあるいは安全保障体制が脆弱であるとも言い換えることができる。またコロナ禍超過死亡率とコロナ死亡率の間に大きなギャップがある国はコロナ死亡をきちんと補足できていないということであり、医療が全ての国民に届いていないことを示している。

 例えばアメリカだ。高度な医療技術を持つ反面、医療保険に加入できていない人が10%おり、当然このような人々は救急車を呼ぶこともなかなかできない。このような医療の不平等が存在するとコロナ禍超過死亡率は高くなり、また超過死亡と実際に報告された死亡数の間にギャップができる。

日本の新型コロナ禍超過死亡数は世界で2番目に低かった

 日本の超過死亡は中国に次いで2番目に少ない人数となった。これは大いに誇ってよい結果だと思う。人口比でみると日本の超過死亡率は中国より少ないが、中国の人口は桁違いに大きいので絶対数でみると3万人近く死者数が平年より少ない結果となった。しかし、ゼロコロナ政策がかえって裏目に出たのか中国では2022年以降患者数と死者数が増えている。

 一方、死者数が最も多かったのはインドだ。237万人が新型コロナの影響で超過的に死亡した。スペイン風邪の際も人口の4.39%が超過死亡しており世界の中で最悪の数字をはじき出している。一方、日本のそれは0.94%でおよそ50万人が死亡したと推定される。それと今を比較すると隔世の感がある。G7の中でもアメリカ、ドイツ、イタリア、イギリスがワースト20か国に含まれているのは驚きだ。一方、パンデミック初期においてロックダウンを実施しなかったスウェーデンはヨーロッパの中では低く抑えられた方だった。これもまた興味深い知見である。

高齢国家の日本がコロナ禍超過死亡率を低く抑えられたパラドックス

 最初の命題に戻る。新型コロナの死亡リスクが高齢者ほど高い傾向にある[2]。そこで各国を人口の60歳以上が占める割合で4グループに分け、コロナ禍超過死亡率を比較した。

 高齢者が最も少ないグループQ1には多くのアフリカや中東諸国が含まれていた。これら40の国々では予想通りコロナ禍超過死亡率は低くなった。高齢者が少ない国にとってエボラ出血熱やマラリアのような危険な感染症が新型コロナよりも脅威であろう。

 一方高齢者が多いQ4には欧州、北米、旧ソビエト連邦、東欧諸国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどの40か国が含まれる。総じて超過死亡率は高くなったが、グループ内での開きが著しい(次図)。Q4の中で超過死亡率がマイナスだった国はニュージーランド、オーストラリア、日本、ノルウェーの順だ。逆にロシアを含む旧ソビエト連邦や東欧諸国の超過死亡率は人口10万人当たり200を超えるなど桁違いに高くなった。

 何故世界で一番高齢者の割合が高い国である日本は超過死亡率を最も低く抑えることができたかを説明するため、私たちは、2016年などコロナ禍前における健康や経済の50項目の指標との相関をとってみた。

 この研究結果は2022年10月19日にアメリカ医師会雑誌の1つであるJAMA Network Open に誌上発表された[3]。公開データを使って数日で解析したものだったが、査読してくださった先生方から非常に高い評価をいただいた。

 50項目の中から相関の強かった順に3項目を示す。中でも最も相関の強かった因子は「60歳の平均余命(60歳の人があと何年生きられるかの平均値)」で、相関係数は‐0.91と疫学研究ではめったにみられないほど極めて高い相関係数となった。

 2番目は「2021年末までの累積ワクチン2回接種率」で、これも‐0.82と非常に高い相関係数を示した。ワクチン接種率が高い国ほど超過死亡率が低いという予測可能な結果ながら、ワクチン接種により大勢の命が救われたことが示された。菅政権下で日本が特に高齢者のワクチン接種を積極的に推し進めたことが死亡率の低下につながった。

 3番目は「国民1人当たりのGDP」であり、これが大きい国では超過死亡率が低くなっている。相関係数は‐0.78となった。この傾向はスペイン風邪のときにも認められた[4]。富める国でないとワクチンを無料化したり、補助金を出して飲食店を休業させるなどソーシャルディスタンスを確保する政策を打ち出したりすることはできない。

 これらの3因子について確認のため多変量解析を行ったが、「60歳の平均余命」だけが有意で、他の「2021年末までの累積ワクチン2回接種率」と「国民1人当たりのGDP」の有意性は失われた。よって後者2因子は「60歳の平均余命」と超過死亡率との関係に対して交絡因子(直接の因果関係はないがほかの因子を経由して相関する因子)になっていると考えられた。

 「30歳から70歳の間で心筋梗塞などの心血管疾患、脳卒中、癌、糖尿病、慢性呼吸器疾患で死亡する人口あたりの割合」は相関係数が0.90と極めて強い相関を示した(次図)。

 一方、乳幼児の重症化が少ない新型コロナにおいて「5歳未満の乳幼児死亡率」との強い相関は示されなかった。もし乳幼児の致死率が高くなる別の感染症であれば平時の乳幼児死亡率と強い相関を示したかもしれない。

この研究結果をどう解釈するべきか?

 人間いつかは死亡する。しかし、働ける間に病死するのか仕事をリタイヤしたあとに病死するのかでは大違いだ。30歳から70歳という働ける間に病気、特に生活習慣病に罹って死亡する人の割合が低い国では当然60歳の平均余命が長くなる。ここには紛争、事故、自殺などは含まれない。

 よって「60歳の平均余命」が長い国は、例えば高齢者に肺炎球菌やインフルエンザのワクチン接種を促す地域プログラムがしっかりしている、バランスのとれた栄養をとり適度な運動をする、助け合い精神がある、そして、お年寄りにやさしいコミュニティがあるなどの文化基盤がある可能性が高い。もちろん誰でも高度な医療を受けられるといった地域医療の質の高さもあるかもしれない。そういったものの総合的な指標が「60歳の平均余命」ということだ。

 このような指標は平時努力の積み重ねの上に改善される。コロナ禍前の「60歳の平均余命」が長ければ長いほど、コロナ禍の超過死亡率は低くなった。要するにコロナ禍前、平時から予防し得る病死を確実に予防できる国では、新型コロナパンデミックのような健康危機が襲っても強い、言葉を変えればレジリエントということである。

 つまり、コロナ禍前から既に勝負はついていたのである。私が以前より主張する「危機管理は平時にあり」とはこのことだ。「泥棒を捕らえて縄を綯う」のでは遅すぎる。

 他国と比較すれば日本は「超過死亡を低く抑えた」という点で合格だったと思う。これは政府の導きというよりは、国民の辛抱と努力の結果だったろう。しかし、慢心すべきではない。日本であれば健康寿命を100歳まで引き延ばすことも夢ではない。まだまだ取り組むべき課題は多いし、それに取り組むことが、次なる「未知の危機」への何よりの備えになるだろう。

写真:ロイター/アフロ


[1] 14.9 million excess deaths associated with the COVID-19 pandemic in 2020 and 2021. WHO May 5, 2022. https://www.who.int/news/item/05-05-2022-14.9-million-excess-deaths-were-associated-with-the-covid-19-pandemic-in-2020-and-2021

[2] Williamson EJ, Walker AJ, Bhaskaran K, et al. OpenSAFELY: factors associated with COVID-19 death in 17 million people. Nature. 2020;584(7821):430-436. doi:10.1038/s41586-020-2521-4.

[3] Urashima M, Tanaka E, Ishihara H, Akutsu T. Association Between Life Expectancy at Age 60 Years Before the COVID-19 Pandemic and Excess Mortality During the Pandemic in Aging Countries.  JAMA Netw Open. 2022;5(10):e2237528. doi:10.1001/jamanetworkopen.2022.37528

[4] Murray CJ, Lopez AD, Chin B, Feehan D, Hill KH. Estimation of potential global pandemic influenza mortality on the basis of vital registry data from the 1918-20 pandemic: a quantitative analysis. Lancet. 2006;368(9554):2211-2218.

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。