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2022.08.19 コラム

新型コロナ発症を92%抑制も――BCGは万能のパンデミック対策ワクチンになるかもしれない
東京慈恵会医科大学 浦島充佳

浦島 充佳

 米ハーバード医学校の関連病院であるマサチューセッツ総合病院の研究チームが「BCGワクチンを3回接種するとプラセボ(偽ワクチン)と比較して新型コロナ発症を92%も予防できる」ことを二重盲検ランダム化臨床試験で突き止めた。さらにBCGは他の感染症も予防していた。結果は有名な科学雑誌『Cell』 の姉妹誌、『Cell Reports Medicine』 に2022年8月15日付けで誌上発表された[1]

 BCGと言えば結核予防のハンコ注射だ。日本では現在、生後5~8か月の乳児期に接種されている。1~2か月後に大粒ニキビのように腫れはするものの、それ以外の副作用はほぼ皆無だ。世界人口のおよそ半分は既に接種を受け、毎年1億2千万人の新生児や乳児が接種を受けている。1回100円以下と値段も安い。BCGの結核予防効果は60年以上も維持される。つまりBCGは安全、効果的、安価、長持ちと四拍子揃った理想的なワクチンなのだ。

 私達は公開データを用いて2020年7月、「国策としてBCGワクチンプログラムを実施している国ではそうでない国に比べて新型コロナの人口当たりの死亡率が顕著に少ない」ことを発見し論文発表した[2]

 同年12月30日時点、まだ新型コロナ用ワクチンがはじまる前の段階でBCG 接種を国のプログラムとして実施している国では、過去に実施していたが現在はやめてしまった国、過去も現在も国のワクチンプログラムとして取り入れていない国と比較して明らかに人口100万人当たりの発症率(図1)と死亡率(図2)、共に低かった[3]。特に死亡率の方がその傾向は顕著である。

 そのようなわけで私はBCGの新型コロナ予防効果についてずっと注目してきた。

図1:国のBCG予防接種の方針と新型コロナ発症率との関係
図2:国のBCG予防接種の方針と新型コロナ死亡率との関係

BCGワクチンは自然免疫を強化する

 BCGは結核予防のために接種されるが、結核以外の呼吸器感染症やウイルス感染症を予防する効果が複数報告されている。

 オランダのネテア教授らは過去にBCGのウイルス感染に対する効果を二重盲検ランダム化プラセボ比較試験で証明した[4]。健康ボランティアをランダムに振り分け、1カ月後に黄熱病の生ワクチンを接種したところ、BCG接種群ではプラセボ群と比較して71%もウイルス血症のリスクが低かった。

 ネテア教授はさらに65歳以上の高齢者に対してBCGワクチンを接種する群72人とプラセボ群78人にランダムに振り分け感染症の発生について比較した[5]。その結果BCG群では3人しか気道感染症が発生しなかったが、プラセボ群では14人に発生した。時間要素も解析に加え、高齢者に対するBCGワクチン接種が様々なおそらくはウイルス性の気道感染症を約8割予防したことになる。

 ギニアビサウで乳児に対してBCGを接種する群としない群にランダムに振り分け5歳まで観察した研究がある[6]。3種混合ワクチンとBCGとを同時接種した場合(日本でもそうである)、死亡率を3分の1に抑えることができた。

 スペインではBCG接種を1981年で終了してしまったが、今なおバスク地方だけは新生児にBCGを接種している。長期フォローしたところ小児の肺炎による入院をバスク地方はスペイン国内の他地域と比べ70%も抑えていた[7] [8]

 BCGの効果は少なくとも50~60年維持されることも二重盲検ランダム化臨床試験の事後解析で示された[9]。1935年から1938年にかけてアメリカ・インディアン3000人を対象にBCGかプラセボにランダムに振り分け接種された。60年の時を経て再調査したところ、結核予防効果は52%であった。このように長年にわたってワクチン効果が持続するのはBCGぐらいだ。

 そのメカニズムとして、ウイルスに感染した際に免疫細胞が非特異的に反応する自然免疫を訓練する、いわゆる免疫訓練仮説(trained immunity)が提唱されている[10]

ハーバード研究チームがこの千載一遇の好機を逃すわけもない

 先に述べたようにBCGには結核の予防効果だけではなく、かなり広い範囲の感染症に対する予防効果が示唆されている。Ⅰ型糖尿病患者は感染症に罹り易いことは以前より知られていた。そこでハーバード研究チームは新型コロナの流行が始まる3年前よりⅠ型糖尿病患者の感染リスクをBCG接種により下げられないか試みる臨床試験を開始していた。

 BCGも過去に接種したことがなく、結核の罹患歴もなく、ツベルクリン反応も陰性の40代患者150人をリクルートした。アメリカでは現在、BCGワクチンプログラムを実施しておらず、過去に実施したこともない。そのため純粋なBCGワクチンの感染予防効果をみるのにアメリカはうってつけの国だった。

 被験者144人を2:1の割合でランダムにBCG群(96人)とプラセボ群(48人)に振り分けた。医師も被験者もどちらを接種しているか判らない二重盲検法が採用された。BCGには最も有効性が期待できるということで日本製のTokyo-172が使われた。この点、実に誇らしい。BCGないしプラセボを4週間空けて2回、1年後に3回目のブースター接種を実施する。よって被験者全員に対するワクチンの仕込みに2~3年を要したわけだ。

 そして準備万端、2020年の1月からいよいよ感染罹患頻度を調査しようとしたまさにその時、新型コロナの流行がアメリカでもはじまった。ハーバード研究チームがこの千載一遇の好機を逃すわけはない。新型コロナの罹患も評価項目に急遽含めることにしたのである。

 結果は冒頭に示した通り、BCGは劇的な予防効果を示した。PCR検査陽性を新型コロナ発症とみなすならば、予防効果は100%である。この観察は2021年4月で打ち切られた。何故ならファイザー、モデルナ、アストラゼネカなどのワクチン接種が始まったからである。よってこのBCGによる92%から100%の新型コロナ発症予防効果は他のワクチンの影響を受けない純粋な数値だ。

オールマイティのパンデミックワクチンになることに期待

 BCGはパンデミックに汎用的に効果をハックするオールマイティのワクチンとして使えるだろうか。私はそう期待しているし、その可能性は十分あると考える。次のパンデミックは今回の新型コロナよりも死亡率が高いウイルスによるものかもしれない。また感染力が強かったり、後遺症が残りやすかったりするウイルスかもしれない。アメリカはオペレーション・ワープ・スピードにより僅か8カ月でワクチンの開発に成功した。しかし、それでも次のパンデミックウイルスの感染力がオミクロン株並に強ければ間に合わない。

 BCGワクチンは安全、効果的、安価、長持ちと四拍子揃った理想的なワクチンだ。また、どんなウイルス感染症にも有効であれば、ウイルスが変異しても新種のウイルスがパンデミック化しても右往左往する必要はない。さらに、mRNAワクチンの効果は6カ月で失われてしまうが、BCGのそれは60年持続する。日本のTokyo-172株は世界の中で最もよく効くため、ワクチン外交に使えるだろう。

 もしもパンデミック前にツベルクリン反応陰性者を対象に適宜BCGワクチンを広く接種しておけば、平時の高齢者の肺炎死亡を減らすことができ、有事のパンデミックの際にも特異的ワクチンが開発されるまでの間、発症率・死亡率ともに低く抑えられる。今回の新型コロナウイルスのパンデミックでは、多くの高齢者や中年、一部は若者においてもBCGの予防効果が失われている者があり、罹患したり重症化したりしてしまった。だからツベルクリン反応の陰性者には陽転するまで徹底的にBCGを接種するシステムを復活し、これを高齢者にも広げるのがよいのではないだろうか。

 ハーバードの研究チームの試験結果はまだ先駆けである。人数も少ないしⅠ型糖尿病患者に限られている。私は「BCGワクチンが特に急性気道感染症を予防し、その死亡率を下げることができるか否かを検証する」ための国際共同大規模臨床試験を提言したい。しかも日本がリーダーシップをとってだ。


[1] Multiple BCG vaccinations for prevention of COVID-19 and other infectious diseases in Type 1 diabetes. Cell Reports Medicine. https://www.cell.com/cell-reports-medicine/fulltext/S2666-3791(22)00271-3

[2] Urashima M, Otani K, Hasegawa Y, Akutsu T. BCG Vaccination and Mortality of COVID-19 across 173 Countries: An Ecological Study Int J Environ Res Public Health. 2020 Aug 3;17(15):E5589.

[3] 浦島充佳著「新型コロナ データで迫るその姿」化学同人

[4] Arts RJW, et al. BCG vaccination protects against experimental viral infection in humans through the induction of cytokines associated with trained immunity. Cell Host Microbe, 23 (2018), pp. 89-100.e5

[5] Evangelos J Giamarellos-Bourboulis EJ, et al. Activate: Randomized Clinical Trial of BCG Vaccination against Infection in the Elderly. Cell 2020 Oct 15;183(2):315-323.e9. doi: 10.1016/j.cell.2020.08.051.

[6] Roth AE, et al. Effect of revaccination with BCG in early childhood on mortality: randomised trial in Guinea-Bissau. BMJ. 2010 Mar 15;340:c671.

[7] de Castro MJ, Pardo-Seco J, Martinón-Torres F. Nonspecific (Heterologous) Protection of Neonatal BCG Vaccination Against Hospitalization Due to Respiratory Infection and Sepsis. Clin Infect Dis. 2015 Jun 1;60(11):1611-9.

[8] Netea, M.G.; Giamarellos-Bourboulis, E.J.; Domínguez-Andrés, J.; Curtis, N.; van Crevel, R.; van de Veerdonk, F.L.; Bonten, M. Trained immunity: A tool for reducing susceptibility to and the severity of SARS-CoV-2 infection. Cell 2020, 181, 969–977.

[9] Aronson NE, Santosham M, Comstock GW, Howard RS, Moulton LH, Rhoades ER, Harrison LH. Long-term efficacy of BCG vaccine in American Indians and Alaska Natives: A 60-year follow-up study. JAMA. 2004 May 5;291(17):2086-91.

[10] O’Neill, L.A.J.; Netea, M.G. BCG-induced trained immunity: Can it offer protection against COVID-19? Nat. Rev. Immunol. 2020, 20, 335–337.

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

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