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2022.07.22 安全保障

ロシアを脅威と明記、中国は…? NATOの新戦略概念を読み解く
JNF briefing by 末次富美雄

末次富美雄

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官した実業之日本フォーラム・末次富美雄編集委員に、NATO首脳会議で発表になった新戦略概念、フィンランド・スウェーデンのNATO加盟について解説してもらった。

 今回はNATOの首脳会談で発表になりましたNATOの新戦略概念について説明します。

 図の上の部分が、2010年の戦略概念、下の部分が2022年の「STRATEGIC CONCEPT」として新たに発表された戦略概念です。

 上下を比較すると、2010年にあったPromoting International Security Through Cooperation以下の3つがなくなり、その他の項目は踏襲されてい」ます。

 2010年の戦略概念は、NATOの域外活動を容認したという面で注目される戦略概念でした。今回の戦略概念は、ロシアのウクライナ侵攻という大きな国際的な出来事に応じて、戦略概念を変えたという位置づけになっています。

 下図は情勢認識の変化です。

 2010年と2022年で、大きく変わったのは欧州大西洋地域の情勢認識です。2010年では、欧州大西洋地域の現状は平和であり、NATO領域に対する通常戦力による脅威は低いという認識だったところが、新たな戦略概念では、「平和ではない」、「ロシアは欧州安全保障の秩序や安定を阻害している」という言及が見られます。併せて、「ロシアは重大かつ直接的な脅威である。軍事力の強化、核による恫喝は我々の安全保障及び共通利益の脅威となっている」と、明確にロシアを脅威と認定しているというところが大きな違いです。

 もともとNATOは、冷戦の結果とて、西側の東――すなわち旧ソ連に対する共同防衛という位置づけで成り立っていました。その観点から2022年の情勢認識は、もともとのNATOが持っておった情勢認識に立ち返ったということは言えると思います。

 今回の情勢認識の変化のもう一つ大きな特徴は、中国への言及がなされた点です。

 2010年の戦略概念には、中国に対する言及はありませんでした。もともとNATOというのは、北大西洋地域、アメリカ及び欧州方面というのが戦略的な対象地域になっています。従って、その戦略地域には、中国は含まれていません。しかしながら、今回、戦略概念に中国が改めて加えられたという点に大きな特徴があります。

 中国に対し「意図を不透明なまま、政治的、経済的影響力拡大及び軍事力の拡大を行っている」という形で警鐘を鳴らすとともに、「ルールに基づく国際秩序への挑戦である」と位置づけています。

 併せて、中露の戦略的パートナーシップの深化について、ルールに基づく国際秩序の価値や利益への挑戦を進めるものであるとしています。中国のみならず、中露の戦略的関係の深化についても警鐘を鳴らしているという点に今回の特徴があります。

 しかしながら、先ほどのロシアに対する脅威と比較すると、やはり一段階低い脅威認識になっていることは間違いありません。

 2010年、2022年、それぞれNATOの中核的任務は「抑止と防衛」、「集団防衛」あるいは「危機管理」、「協調的安全保障」と大きな変化はありません。

 しかしながら、「特徴」の中に示したように、核がNATOの防衛同盟の中心であると位置付けられています。

 イギリスとフランスの独自核戦力については、適性国家の意思決定を複雑化するという意味での抑止効果を期待しているとされています。

 アメリカの前方展開核兵力は、DCA(Dual Capable Aircraft)と称される航空機に搭載されますが、この重要性にも言及しています。これはいわゆる核シェアリングというものです。

 なお、危機が発生した場合の即応部隊の数を4万人から30万人に増加するという決定が併せてなされています。

 EUとの戦略的パートナーシップを強化するとともに、法に基づく国際秩序を維持するために、他地域への関与することについては、前戦略概念の内容を踏襲しています。

 次の図は中国に対するNATO内、特にアメリカとの認識の相違というものを示しています。

 図の上段にNATOの新戦略概念、下段に今年の3月に公表されたアメリカの国家防衛戦略のファクト・シートの内容を示しております。中国に対する評価として、NATOの新戦略概念では、安全保障や価値観に対する挑戦であるというふうに位置づけているのに対し、アメリカの国家防衛戦略では、最重要の戦略的競争相手というように、より優先順位を高く評価しています。

 中国外交部の報道官は、6月23日の会見で、日本、韓国、オーストラリア及びニュージーランドの首脳がNATOの首脳会議に出席することについて、NATOの地理的範囲に含まれない国が参加することについては、NATOという軍事集団に引き入れることを狙ったものであるという形で、批判的なコメントを述べています。

 中国としては、NATOの新戦略指針において、中国がロシアと横並びで批判されることを危惧しており、他方アメリカは、対中表現を強めるために、日本以下アジア太平洋の各国の参加、いわゆるAsia-Pacific 4と言われる4か国のNATO首脳会談への参加を慫慂(しょうよう)し、中国への圧力を強化しようとする思惑があったということは言えると思います。

 従来よりも中国に対するNATOの関与は高まったように見えますが、あくまでも限定的としか言えないと思います。

 次の図に中国及びロシアの反応をまとめました。

 4月1日付の中国の政府系媒体Global Times(環球時報)はNATO戦略概念に対する外務省報道官のコメントとして「事実を無視し、中国の外交政策を中傷し、中国の通常の軍事発展と国防政策について無責任な発言」であると伝えております。いわゆる「冷戦のメンタリティとイデオロギー的偏見」に満ちた文書だということで、非常に批判的な論評です。

 一方のロシアは、プーチン大統領の記者会見の内容が大統領府ホームページに記載されておりました。その中で、NATOを、「冷戦時代の遺物という位置づけは変わっていない」とし、特に目新しいものではない、もともとNATOは、ロシアに対抗するものであるという位置づけは変わっていないという評価です。

 一方で、スウェーデンとフィンランドのNATO加入につきましては、「ウクライナと異なり、両国とはいかなる紛争も存在しない」と問題視しない姿勢を示しています。

 ただし、NATOの部隊や軍事施設等がフィンランドやスウェーデンの領土内に展開した場合には、それは我々に対する脅威であり、同等の脅威を彼らに与えるための措置を講じるとしています。

 一方で、ロシア世界の一員であるとウクライナが認識することを妨害したとし、ウクライナに対するNATOの関与は、ロシアに対する攻撃であるということを明白にしています。

 NATO新戦略概念を過小評価し、問題の矮小化を図っているという印象を受けます。

 次の図はフィンランド、スウェーデンのNATO加入問題です。

 トルコが反対を表明していましたが、首脳会談が始まる前日の6月28日に、3カ国プラスNATO事務総長の4者会談が行われ、3カ国の覚書が締結されました。この覚書には、フィンランド、スウェーデンが、クルド人民防衛隊(YPG/PYD)を支援しないことや、PKK(クルディスタン労働者党)をテロ組織に認定するということ、さらには、トルコに対する武器禁輸の解除という内容が含まれています。この10項目からなる合意文書基づき、トルコは北欧二カ国のNATO加盟を認めたのです。

 トルコは、このほか、アメリカとの間でF-16供与について合意したとも伝えられており、ほぼ満額に近い回答を得たと言えます。

 一方、スウェーデンは国内にクルド人のコミュニティがありますので、どのような形で対応するのか注目されると思います。

 今回の決定を見ますと、フィンランド、スウェーデンが、道徳的あるいは人道的なものよりも、自国の安全保障を優先した、それだけロシアに対する脅威感が高かったということが言えます。

 一方で、今回のようなトルコが満額回答に近いものを得たということはしこりを残したとも言えます。数年前に、フランスのマクロン大統領は「NATOは脳死状態にある」と評価しましたがその際の理由の1つとして挙げられましたのが、トルコのクルド人対策のためのシリア内戦介入でした。

 今回は、トルコが2国の加盟に同意したため、それなりの評価は受けていますが、トルコの勝手な行動がNATO内での不満として沈澱し、何かのときには吹き出す可能性があると思います。

 次の図に、参考までクルド人につきましてまとめました。

 クルド人は、イラク、トルコ、シリア、イラン4か国の山岳地域に分布し居住している民族です。総人口約3,000万人と言われておりますが、国を持たない世界最大の民族に位置づけられております。

 居住地域によって、イデオロギー、宗派、言語が多少異なっており、クルド人としてまとまりを持つことは難しいと言われています。

 イスラム国(ISIL)との戦いの中で存在感を示し、アメリカはクルド人の部隊を支援してイスラム国と戦っておりますが、その独立や自治政府の樹立といったものにはコミットしていません。便利に使われているということは言えると思います。

 今回、クルド人はスウェーデンという最大の支援国を失うことになりました。これを見ると、やはり自国領土を持たない民族の悲哀というものを感じます。

 ウクライナ戦争に関し、一部の有識者の中で、民間人被害を考えたときに、早く降伏したほうがいいと言う人もおりましたけれども、実際、降伏して国を失った場合、その民族はどういう仕打ちを受けるのかということを考えたときに、大きな教訓を示す出来事であろうと考えます。

写真:AP/アフロ

末次富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。