2021年7月11日、新華社は中国習近平主席と北朝鮮金正恩総書記が互いに、中朝友好協力相互援助条約締結60周年を祝う書簡を交換したことを伝えた。習近平主席は、両国が兄弟のごとき、伝統的な友好関係を強化し、地域と世界の平和と安定を維持してきたと同条約を高く評価、北朝鮮における金正恩総書記の政策を支持するとともに、今日の世界は100年ぶりの大きな変化が加速しており、両国の友好協力関係を新たなレベルに引き上げるとしている。金正恩総書記は、同条約が両国の確固たる友好関係を世界に示すものであり、近年の複雑で変化の激しい国際情勢に直面するなかで、両国の信頼と友好が深まり、両国関係はより高い段階に発展したとしている。
中朝関係は「血で固められた友誼」、「唇と歯の関係」と言われることが多い。一般的に強い結びつきがあることを示すとされえているが、これには言外の意味もある。特に毛沢東が「唇亡歯寒(唇滅びて歯寒し)」と表現したことは、緊密さを示すだけではなく、「唇(北朝鮮)」が滅びると「歯(中国)」が寒いと、中国にとって北朝鮮は戦略的に緩衝地帯である
ことを意味していると解釈されている。
中朝友好協力相互援助条約は1961年7月11日に、中国周恩来国務院総理と北朝鮮金日成内閣首相が署名し発効したものである。注目されるのは、第2条に「いずれか一方の締約国が、いずれかの国又は同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥ったときは他方の締約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」との規定があり、「自動参戦条項」と言われている点である。旧ソ連と北朝鮮の「友好協力相互援助条約」にも同様に「自動参戦条項」があったが、ソ連の崩壊に伴い失効、2000年に、新たに締結された「ロ朝友好善隣協力条約」では、軍事技術の面で協力するとされているものの、自動参戦条項はない。
日米安全保障条約の第5条は、日本が施政権を行使している地域について、日米で共同対処することを規定しているが、「自国の憲法上の規定及び手続に沿う」と、自動参戦とはされていない。一見、中朝友好協力相互援助条約の方が強固のような印象を受ける。しかしながら、2017年に米朝の両国指導者が互いをののしる発言を繰り返し、緊張が高まった際には、中国の自動参戦に対する考え方の一端が明らかとなった。
中国政府は自らの考え方を直接表明することが不適当な場合、官製メディアを使用することが多い。環球時報はその際よく使われるメディアとなっている。2017年4月に同紙は「北朝鮮の核・ミサイル活動に対し、米国が関連施設に外科手術的な攻撃を展開した場合、外交的けん制は行うものの軍事的介入の必要はない」とするとともに、「米韓連合軍が38度線を越え、北朝鮮の政権を転覆しようとするのであれば、中国は直ちに必要な軍事的介入を行うべきである」との論評を明らかにした。米国が北朝鮮に外科手術的攻撃を行うということは、金正恩政権が崩壊する可能性がある。これを容認するということは、中国は金正恩政権に強い不信感を抱いていることを意味する。
最近、北朝鮮国内で気になる動きが出ている。今年6月16日から3日間にわたり開催された朝鮮労働党第8期第3回総会で、金正恩総書記は、農業部門で昨年の台風の影響で穀物生産が落ち込み、人民の食糧事情が緊張していることを率直に認めた。6月14日に国連食糧農業機構(FAO : Food and Agriculture Organization)が公表した報告書においても、嵐と洪水の影響を受け、北朝鮮の2020年度の食料生産量は約560万トンであり、穀物輸入量を合計しても約86万トンが不足すると伝えている。FAOの報告書では、北朝鮮は、ほぼ毎年のように食糧が不足するとの見積もりが示されている。2019年度も90~100万トンが不足すると伝えられていたが、北朝鮮が食糧不足を認めることはなかった。北朝鮮の最高指導者である金正恩が食糧不足を認めるのは極めて異例であり、それだけ事態が深刻である可能性がある。
中朝両国が友好協力相互援助条約締結60周年を祝う書簡を交換し、それぞれが、両国が新たな段階に入ったと評価したことは、北朝鮮にとって食糧危機の中、中国からの援助拡大という果実を、中国にとって、米中対立の激化という環境下で北朝鮮カードを手に入れるという双方の思惑が一致したためと考えられる。バイデン政権は北朝鮮に対し新たなアプローチで臨むとし、直接交渉にも前向きである。金正恩総書記も、食糧危機を認めた朝鮮労働党中央員会第8期第3回総会において、米国とは「対話にも対決にも準備ができていなくてはならず、特に対決にはより手落ちなく準備ができていなくてはならない」と述べている。これに対し、「興味深い」と発言したサリバン米大統領補佐官の発言に対し、金与正朝鮮労働党副部長が「間違った期待」と発言したことが伝えられている。北朝鮮において、最高指導者の言葉を否定することはあり得ない。現時点で、金正恩総書記は米国との対話にあまり重きを置いてはいないと推定できる。
2017年の米朝対立激化時に中国が示した態度は、中朝関係の「唇と歯の関係」は、北朝鮮金正恩政権そのものを必要不可欠な存在と中国が考えているわけではないことを北朝鮮に実感させる役割を果たしたものと考えられる。今回の親書の交換は、一見両国の緊密な関係が修復されたかのように見える。しかしながら、北朝鮮の核及びミサイルに係る両国の相互不信は根深い。朝鮮半島非核化を巡る交渉において中国の役割に期待する論評を目にするが、中国の北朝鮮への影響力は限定的と考えておくべきであろう。さらに、北朝鮮の食糧事情がどこまで深刻なのか、限られた情報で軽々に判断することはできないが、金正恩の決断一つで大きな情勢変化が生じる可能性が例年に比べ高くなっているとみておくべきである。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:新華社/アフロ