本稿は、韓国空母はどこに向かうか(1)の続編となる。
韓国の空母保有についての社会的経済的合理性のうち経済的側面であるが、約2兆300億ウォン(約1,930億円)はあくまでも建造費であり、搭載機の値段は含まれていない。ロッキード・マーティンが公表しているF-35Bの値段は1機約127億円(1億1,550万ドル)である。韓国空母が当初の予定通り20機搭載するとすれば、その値段は船体と併せ合計約4,470億円となる。2021年度の韓国国防予算は52兆9,000億ウォン(約4兆7,000億円)と、日本の防衛予算とほぼ同額となっている。海軍が、新たに空母建造の予算を計上すると、日本をはるかに凌駕する国防費が必要となる。
2021年3月にOECDが公表した2020年度の国民総生産(GDP)は日本の4兆9,800億ドルに対し韓国は1兆6,240億ドルと約三分の一、人口も日本の約1億2,550万人に対し、約5,130万人と半分である。韓国が日本の防衛予算と同等以上の予算を充当し、60万人の兵力を維持するには相当の努力が必要であると考えられる。このような状況下で、新たに空母の導入を図るには、兵力構成や装備調達の優先順位を大幅に変更させる必要が生じるであろう。
韓国の文在寅政権は、2018年9月に南北軍事合意を締結、軍事境界線一帯での軍事演習の停止、飛行禁止区域の設定等を実施している。更には、米韓連合演習の規模縮小や図上演習への変更等の措置をとっている。米韓連合軍は2年以上大規模な実動訓練を実施していない。在韓米軍軍人のローテーションを考慮すると、在韓米軍軍人の大部分は大規模実動訓練を経験していないこととなる。対北抑止力は相当程度低下していると推定せざるを得ない。韓国軍が人員的にも予算的にも大きなインパクトのある空母建造を進める場合、対北抑止力を更に低下させる可能性がある。
韓国の空母建造に関し、北朝鮮は、現時点までいかなる論評も加えていない。金正恩委員長の妹である金与正女史は、3月30日には「西海守護の日」における文大統領の「北のミサイル発射に国民の皆さんの懸念が大きいことを知っています。今は南、北、米のいずれも対話を続けるために努力すべき時です。」という発言に強い不快感を示し、同大統領を「米国産オウム」と揶揄しているが、同スピーチで述べられた空母建造には言及していない。金与正女史は5月3日にも韓国からのビラ配布に対し、「我が国に対する深刻な挑発と見なして、それ相応の行動を検討してみる」と述べている。北朝鮮は韓国空母よりもビラ配布の方がより深刻な脅威と見なしているかのようである。韓国の空母保有が北朝鮮からの第一撃に対する対抗策という理由を歯牙にもかけていない。北朝鮮が、韓国の空母を脅威と感じていないのは、どうせ計画倒れとなる、あるいは他の装備への予算が削られ、対北抑止力の低下が期待できると考えていると勘ぐらざるを得ない。
米中対立の激化を背景とし、日韓の関係改善が必要ではないかとの意見がある。バイデン政権も、今後長く続くと予想される中国との対立を考慮し、日米韓の連携を強化する必要がある事を強く認識していると思われる。対面の首脳会談として菅総理に次いで文在寅大統領を選んだのもそのことを示すものであろう。日米韓情報トップによる新たな北朝鮮政策の打ち合わせ終了後の5月12日、菅総理は、韓国国家情報院朴智元院長と面会している。今まで韓国からの関係改善のためのシグナルを一切無視し、着任した在日本韓国大使との面会も行っていない菅総理であるが、朴委員長との面談に応じたことは、少なくとも北朝鮮政策に関し韓国と協力する意思がある事を示すものと言えよう。文政権の任期があと1年であることを考慮した場合、全面的な関係改善に踏み出すことは決して得策ではない。しかしながら、協調できる範囲で関係改善を図っていく努力は必要であろう。その過程で、韓国の対北抑止能力を低下させかねない空母の保有については、米国をつうじて計画を見直すように助言をしていくことも考慮すべきである。軍事的合理性よりも、日本に対する対抗意識の表れとしか見られかねない韓国の空母は、就役しても向かう先が無く、漂流することが確実な装備となるだけであろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:YONHAP NEWS/アフロ