本稿は、危険なチキンゲーム-台湾を巡る米中軍事対立(1)-の続編となる。
台湾を巡る米中の軍事紛争状態は、中国が台湾に武力を行使し、これを米国が軍事的に阻止するというのが基本的構図となる。この構図に従えば、米中の軍事紛争は中国の出方にかかっていると言える。台湾への軍事的圧力を高めつつある中国ではあるが、果たして最終的に、台湾への武力侵攻までを想定した圧力なのであろうか。
フォーリン・アフェア誌3月/4月号に、元オーストラリア首相のケビン・ラッド氏が「Short of War」という論文を寄稿している。同氏は、外交官時代には在中国豪州大使館に勤務した経験があり、中国名を持つほどの中国通である。同氏は寄稿文の中で、これから10年間が極めて危険な時期とした上で、「米中がいかなる戦略を選択しようが、米中の衝突は避けられないが、戦争は避け得る」としている。その理由として、中国は米国からの経済制裁に対抗するためには、内需を拡大させる必要があり、そのためには、共産党の統制を強めつつも、いかに企業のイノベーションへのダイナミズムを維持するかを最優先として考えている。台湾への軍事侵攻は、山岳が多いという台湾の地形、2,500万人の訓練された人々の存在を考えた場合、短期で終結することは困難であり、中国の国際的イメージを傷つけ、米国の介入を招くという観点から、中国成長へのメカニズムに逆らう形となる事から、選択できないと分析している。そして、両国は「管理された戦略的競争(Managed Strategic Competition)」を選択すべきであると提言している。
台湾を巡り米中が軍事的対立から実際の戦闘にエスカレートすることは、日本の安全保障上重大な懸念事項と言える。米中紛争は、戦略的要衝である尖閣諸島及び沖縄を巻き込むことは必至であり、日本防衛上の事態となることは確実である。米中対立が解消する見込みがない上に、冷戦のように、中国を封じ込めることが困難である。従って、「管理された戦略的競争」は唯一の選択肢となるであろう。米中指導者もおそらく同じように考えているのではないだろうか。現在の米中の政治的及び軍事的対立は、双方が折り合える場所を手探りで探っている状態と言えるであろう。
ラッド氏は寄稿文の中で、「管理された戦略的競争」関係を構築するためには、米国は「一つの中国」の方針を堅持し、不要かつ挑発的な台湾との政府高官交流を取りやめ、中国も、台湾周辺における挑発歴な軍事行動や、南シナ海における島嶼の軍事化を行わず、航行や飛行の自由を保障する事、東シナ海では、日中両国が艦艇の展開を取り止め、緊張緩和を図る協定を締結する事等を提言している。しかしながら、これらの事は、米中間の相互不信から極めて道が遠い。もちろんそれに向けて協議を重ねることが「管理された戦略的競争」の一形態ということができるであろう。
軍事的観点から見た場合、現在中国が米国と戦っても勝てないと考えている状態をいかに持続させるかということが重要である。2021年3月23日に米上院公聴会に出席した次期米太平洋軍司令官アキリーノ海軍大将は、「最大の懸念は台湾に対する中国の軍事動向である」と述べている。そして、中国に対抗するためには「地域に展開する米軍だけではなく、価値観を共有する同盟国や友好国などと連携し、即応できる態勢を構築し、抑止力を維持していく」と地域の同盟国との連携の強化を訴えている。台湾有事における日米連携は優先的に検討しなければならない問題であり、2015年に制定された平和安全保障法制の枠組では収まりきれない可能性がある。尖閣は日米安保の対象というだけでは、抑止力にはなり得ない。尖閣防衛は台湾有事と連携する問題である。より具体的な日米連携要領について検討を始めるべきであり、必要があれば憲法改正も視野に入れていく必要があるであろう。
チキンゲームにおいて、相手の「強気」に対し、自らが「弱気」になれば失うところが大きくなる。かといって、相手の「強気」に対し、自らの「強気」を推し進めれば、破滅に向かう道である。現在台湾を巡り繰り広げられている米中対立を危険なチキンゲームではなく、「管理された戦略的競争」状態に落とし込む冷静さと最悪を想定した周到な準備が強く望まれる。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。