本稿は、瀬戸際戦術を繰り返すのか-北朝鮮のミサイル発射-(1)の続編となる。
今までの、北朝鮮の米新政権成立直後の動きを見る限り、20~21日の短距離ミサイルの発射及び25日の短距離弾道ミサイルの発射は、今後引き続く瀬戸際戦術の前触れの可能性がある。しかしながら、一部に今までと違うトーンが感じられる。
第1は、20~21日にかけて行われた巡航ミサイルの発射が北朝鮮の温泉から黄海に向けて行われたことである。これまで北朝鮮は、弾道ミサイルや長距離砲の発射試験は北朝鮮東岸や日本海に向けて行い、中国方面である黄海側に長距離ミサイル等を発射した例は無い。温泉の沿岸から中国の領海までは100Km程度である。巡航ミサイルの射距離としては短すぎることから、発射されたのは長距離砲の砲弾であった可能性もある。米政府も通常の訓練との評価であり、軍事的挑発とは考えづらい。しかも、温泉は2018年に締結された南北軍事合意で海上砲撃や海上機動訓練が禁止されている海域よりも北側である。北朝鮮が南北軍事合意を意識したと見ることができる。
次に、金与正副部長は、米韓連合演習について韓国を批判し、いかなる協力も交流も不要と切り捨てているが、米国に対しては、「今後4年間、足を延ばして寝たいのであれば、寝そびれる仕事を作らない方がいい」と弱めのトーンである。さらに、崔外務第1次官は、「米国の対朝鮮敵視政策が撤回されない限り、いかなる接触も対話も行わない」としており、条件付きだが対話そのものは拒否していない。
3月9日ロイター紙は、バイデン政権は北朝鮮政策の見直しを約1か月以内に終了させる見通しであると報じている。3月29日の週にはワシントンで日米韓の当局者と最終的調整を実施するとの報道もある。3月25日の短距離弾道ミサイルの発射は、北朝鮮が米国の新たな北朝鮮政策に対して圧力をかけることを意図したものであろう。3月25日に菅首相は、北朝鮮の短距離弾道ミサイルの発射を国連決議違反と批判している。バイデン大統領は、3月25日の記者会見において、今回のミサイル発射は国連決議違反とした上で、北朝鮮がこれ以上エスカレートするようであれば、それなりに対応する(respond accordingly)と述べ、現時点で対応措置をとることを否定している。北朝鮮は、対話の意図はあるとのシグナルを送るとともに、状況によっては弾道ミサイル等の発射を継続する意思を示すという硬軟織り交ぜた行動をとってくると見るべきであろう。
2021年1月、ブリンケン米国務長官は、「北朝鮮を、核兵器を巡る交渉の席につかせるための圧力強化に向け、アプローチを全面的に見直す」と述べている。この発言からは、北朝鮮の核廃棄を入り口としていたトランプ政権との差が感じられる。まずは席に着かせるというアプローチである。3月25日のバイデン大統領の記者会見でも、最終決着は非核化としつつも、外交を優先させる方針を示している。これは、北朝鮮が主張し、中国及びロシアが支持していた段階的方法に近い。1994年に米朝間で締結された北朝鮮核問題に関する「枠組合意」が瓦解したように、だまされる可能性もあるが、何らかの形で交渉を継続することには意味があるであろう。「交渉のための交渉はしない」という姿勢だけでは、北朝鮮が再び瀬戸際戦術に回帰し、2017年のような危機が再び起こりかねない。米国の新たな北朝鮮政策が注目される。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。